「グリー、ン?」

今までぼやけていた頭が、すっとクリアになっていく。

目の前には確かに自分を抱き留める幼馴染みがいて、そして苦しげに息をしていた。


「……もしかして、急いで来てくれたの?」


いつもなら涼しげな顔をしている顔が、今は見る影もない位に汗をかいていて。

ルナは心配になると同時に胸の奥が温まるのを感じた。

「……? グリ──」

いつまで経っても返事が返ってこないので、顔を上げようとするが、それはグリーンがルナの頭を掴んで下を向けさせた事により叶わなかった。

けれど、見てしまった。

彼の顔が、見た事無い位に赤かったのを。

もしかしたら急いできた事によって暑くなり、赤くなった可能性もあるが、幼馴染みであるが故にそうでは無いと、なんの確信もなく思った。

「──ありがとう」

ふわり、微笑む。

途端、向日葵が咲く。その向日葵は少し元気が無いように見えたが、それは本当に綺麗な花で。

グリーンはしばし、その花に目を奪われていた。

「……っ、いいから寝てろ」
「わっ!」

抱き留めていた体制のまま、膝の下と背中に手を回し、軽々と持ち上げる。

さすがジムリーダー。ポケモンと同時に自らも鍛え上げているようだ。

……なんて、現実逃避して見たものの、体の火照りは収まらなかった。

(お、お姫様抱っこ、だよね……?)

ルナという人間は、古典的な少女漫画に出てきそうな行為を密かに憧れる女の子である。

しかも、この体勢だとグリーンの顔を間近で見る事になるので、尚更体が火照る訳で。

非常に恥ずかしくて、


でも、彼の体温が温かくて、とても安心した。

「水だったな。ちょっと待ってろ」

ぽすん。優しく自分をベッドに寝かせると、布団まで丁寧にかけて、水を取りに背を向けた。

──待って、


──行かないで。

心が、グリーンに呼びかけるのを、再びぼやけだす頭でなんとなく聞いていた。



きゅっ……

「…………あ、れ?」

気付けば、無意識でグリーンの服を掴んでいた。

「…………」

グリーンは驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。

当然だ。本人ですら驚いている位なのだから。

「ご、ごめんね……」

ぱっ、と手を離して急いで布団の中にしまう。

ついでに妙に恥ずかしくて、顔も布団を引っ張って隠した。

けれど、じっとこちらを見るグリーンの視線が、恥ずかしさを一層煽る。

……昔は感じた事なんて無かったのに、どうしてだろう。

「……手、貸せ」
「えっ?」

側の椅子に腰掛けながら、グリーンがそんな事を言い出す。

思わず反射的に手を出す。──と、

「っ!?」

ぎゅっと、手を握られる。

その手は自分の物なんかよりも大きくて、逞しくて、そして温かった。

やっぱり恥ずかしかったけれど、でも心地好かった。

「今は安心して寝ろ。側にいてやるから」

そう口にする彼の表情はやわらかい笑みを浮かべていて。

ルナはそれだけでこれ以上無い位に安心出来てしまった。

まるで魔法のようで、不思議だった。

「……うん」

きゅっと、手を握り返す。

なんだかグリーンの頬が微かに赤みを帯びた気がしたが、ぼやけた頭はそれを理解しようとはしなかった。

「お前が寝たら、ホットはちみつミルクでも作ってやる」
「ほんと!?」
「いつも風邪を引いた時飲んでただろ」
「うんっ、大好き!」
「………………」

グリーンが急に押し黙る。

それもルナが主語も無しに満面の笑顔で「大好き」だなんて言うからだった。

否、普通に今の流れは「ホットはちみつミルク」が「大好き」以外の何物でも無いかも知れないが、グリーンとしては複雑な気持ちを抱かずにいられなかった。

「えへへ、楽しみ!」
「……早く寝ろ」

ふにゃ、と嬉しそうに笑う彼女の跳ねた前髪を繋いでいない方の手で直してやりながら小さく溜め息を吐く。

相変わらず彼女は子供みたいな無邪気な性格をしている。

「……もう寝たのか」

先程から眠たそうにはしていたが、こんなにあっという間に寝付くとは思わなかった。

……無防備にも程があるのだが、ルナは未だに自分をお父さんのように見ているのだろうか。

けれど、右手に感じる体温に、今はそれでいいなんて思う。

指で彼女の前髪を梳く。まだ少し熱いけれど、汗の引いた綺麗なおでこが曝け出される。

グリーンは吸い寄せられるように、ベッドに身を乗り出しギシッとスプリングを軋ませる。

そしてそのままおでこに、



口付けた。



──おやすみ



☆ ★ ☆




ルナとグリーンのやり取りの一部始終を盗み見た──もとい、監視していた三人は一斉に溜め息を吐いた。

「……アイツ、コロス」
「なんか隣に般若の顔した奴いんだけど」
「いや、顔だけじゃない気が……」
「アンタらから先に殺してやろうか」
『スイマセンデシタ』

疾風の如く、二人同時に頭を下げる。

レッドが言ったように、今の彼女の顔は般若の顔をしているだけじゃなく、オーラが禍々しいのだ。

きっと今なら視線だけで人が何人も殺せるだろう。

「……ずるいのよね、『幼馴染み』ってのが」

リナは途端に、寂しさを称えた瞳で呟いた。

「……まぁ、『幼馴染み』だからこそ出来る事ってあるよな」

リュウもそう思うのか、今さっきグリーンがルナの事を把握していたような様子を思い出しながら苦笑気味に零す。

「……でも、『幼馴染み』だからこそ出来ない事もあるんじゃないか?」

レッドが、ルナの無防備過ぎてグリーンを「男」として見てないような様子を思い浮かべながら同情するように述べた。

「それでも、アイツがわたしより早くお姉ちゃんと出会って、その分長い時間を一緒に生きてるのが許せない」
「それをルナと同棲してるお前が言うのかよ……」
「4年の差は大きすぎるのよ」
「……それに、長く一緒にいるからって偉い訳じゃないだろ?」

出会ったばかりの人間だって、きっかけさえあればそれ以前に会った人間よりも強い絆で結ばれる事だってある。

リナだって、ゴールド達とは少しの時間しか行動を共にしていなかったが、その少しでいて濃密な時間によって確かな絆で結ばれている。

彼女自身もそれを理解しているからか、リュウの言葉一つで珍しく黙ってしまった。

「……まぁ、いいわ。撤収よ、撤収。つか帰れ」

(容赦ねぇ……)二人してリナの冷たさに苦笑いしながら、確かに引き際であろうと思い、ルナの部屋から背を向けた。

「だいたい、アンタらお姉ちゃんが風邪になった時に限って来ないでよね」

ちゃんと帰るかどうか目視する為に、リナが二人の跡をつけながらそう口にすれば、リュウとレッドは彼女の方を振り向いた。

「オレはお前が風邪になっても見舞いに来るけど?」

しれっ、とした顔で突然リュウが言い放つ。

これにはレッドだけでなくリナもかなり驚いたように目を見張った。

「そっ」

途端にリナの顔が「かぁぁあああ」と赤くなる。

「そーいう事言ってんじゃないわよ、バカ!!」

ガンッ!!

思い切り足を蹴ってやると、リュウは「なぜっ!?」と叫びながら痛そうにうずくまった。

これだからタラシは厄介なのである。

この頬の熱さは気のせいだと自分に言い聞かせながら、リナは二人の監視を放棄し、自分の部屋に戻っていく。

(あれ? オレ、ひょっとしてアウェイ?)

側にはリュウがいるのだが、どうしても疎外感を感じずを得ないレッドは一人ぽつんと突っ立っていた。

部屋から出てきたグリーンに冷たい目で見られるまで後五秒……




甘ったるくて胸焼けしそう
(グリーンのおかげで)
(幸せな夢を見れたよ)

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