その気持ちを、それと知らず。





夕凪にゆれる




「ユーリ?」


 ノックの音がして扉を開けると、そこには一人の青年。きょとんとした顔でヒサギは目の前の彼を見つめる。黄昏時の来訪者は、よっ、と片手を振り軽く笑った。


「もう食事の時間だっけ?」

「ちがうけど」

 食事時にはまだ早い刻限。ヒサギは彼がなぜ自分を呼びに来たのか分からず、首を傾げた。それを見てヒサギの言わんことを察したのかユーリは「入れてくんねぇ?」と扉を押し開けた。


「ユーリが来るなんて、珍しいね」

「そーか?」


 律儀にも来訪者に飲み物を淹れるヒサギ。そんな彼女を見遣ってユーリは口角をあげた。カップを二つ持って、ヒサギはユーリのもとへと戻ってきた。サイドテーブルの上に透明なグラスが並ぶ。窓から射す夕日を受けて、液体の波が乱反射して部屋をゆらゆらと波打たせた。
 乱反射した光はユーリの漆黒の髪をきらきらと輝かせる。それを見たヒサギは、ユーリってきれいだな、なんてぼんやりと思った。そんな彼を見て少しどきまぎする自分が恥ずかしい。


「こ、この街の夕暮れって綺麗だよね」

「まぁな」


 さらりとした返答に、ヒサギはユーリにいま自分が思っていたことを見透かされている気がして、さらに恥ずかしくなった。かおが、あつい。相変わらず余裕の表情のユーリが悔しい。


(なんか、負けてる気がする…)

「な、ヒサギ」


 不意に発されたユーリのいたずらっぽい声。そして肩に衝撃。ぐるり、と反転する世界。


(いま、なにが…?)


 自分に何が起きたか分からないまま、背中に鈍くて柔らかい痛みが走る。はっ、とすると宿の部屋の天井の木目が見える。どうやら自分は部屋のベッドに仰向けになっているらしい、とヒサギは気づく。それも束の間で、すぐに視界がユーリで覆われる。


「え、ちょっ…な……?」

「……」


 動揺するヒサギとは裏腹に表情を変えないユーリ。
 広がる漆黒の髪は宵闇のようで、こちらを見る瞳は一番星のように凛々としている。相変わらず、きれい、なんて。
 そしてこれからなにが起こるのだろうと予期してヒサギは目を瞑った。が、何も起きない。そして。


「……ぷっ」

「……へ?」


 次の瞬間、口から漏れる声。面白いものを見たときに出る、あの吹き出す音。そんな拍子抜けに、思わずヒサギは間抜けな声が出てしまった。


「…ったく、ヒサギって面白いな」

「え?」

「ほんと、分かりやすいわ。顔真っ赤にして目なんか瞑っちゃって」


 それから一言、なんか期待した?なんて笑う。それがとても悔しくて。


「ユーリのばか!」

「いてっ」


 手元にあった枕を思い切り投げつける。それはユーリの顔面にヒットする。すこし涙目になりながら、ユーリは「わりぃ」なんてへらりと笑って見せる。相変わらずの余裕にヒサギは頬を膨らませた。


「もう!ユーリなんて知らない!出てって!」

「ごめんって」


 謝るユーリを押し遣って扉まで向かう。バカ力って出るものなんだなと思いながら、ヒサギはユーリをを扉まで連れていった。それから、「ご飯の時間になったらエステルに呼んでもらうから!来ないで!」と叫んだ。それから外へと追い出して、思い切り扉を閉めた。
 追い出された先の、部屋の外でユーリはきょとんとしながら呆けていた。それから思い切りため息をつく。


(俺も余裕ねぇな…)




(余裕がないのはほんとはどっち?)
15/11/16


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