ふたりだけの世界が広がっていく。

 嗚呼どうしよう何もない。





炉心溶融





 狭い部屋。夕陽がふたりをぎらりと睨んでいるような鋭い光を部屋に届ける。
 射し込んだ光がテーブルのグラスに当たって茜色が部屋中に分散していて、そこはまるで小さな世界のような気さえする。


「……なぁステラちゃん」


 窓辺で街の外を眺めるゼロスがふと少女の名前を呼んだ。なぁに、とステラは首を傾げて彼の方を見る。
 夕陽がゼロスの姿を緋色で縁取っている。風で流れた髪が同色に煌めいた。きれい、とステラは心のなかでひとりごちた。


「今、しあわせ?」


 ゼロスはくるり、と身を返してこちらを向き、ただそれだけを独り言のように呟いてにこりと笑う。
 一瞬だけステラはきょとんとして、それから僅かに微笑んだ。


「ゼロスは、しあわせじゃないの?」


 それは答えなんかではなくて、質問でしかない。無意味な問答のようにも思える。


「……愚問、だな」


 ゼロスはニヤリとした笑みを浮かべて、僅かに低いトーンで答えた。
 拡散した夕陽の茜色が次第に夕闇の色に染まっていく。嗚呼ふたりだけの世界だ、と思うとステラは何だか少し嬉しく感じた。
 にこりとステラが言葉の代わりに微笑みを返すと、ゼロスはがたり、と立ち上がり、こちらへと歩み寄る。
 一歩、また一歩。
 近づく度に窓の外に夕闇の色が広がっていく。


「…っ、ゼロ、ス……?」

「俺さま、すごくしあわせ」


 部屋のなかは夕闇の色なのに、ステラの視界に緋色が広がる。


「……ステラちゃん、は?」

「わたし、も」


 しあわせよ、とステラは微笑んでみせる。その言葉に呼応するようにゼロスがふっと顔を緩めた。サファイア色の瞳がステラを優しく捉える。
 どちらともなく、もう少しだけ距離を縮めると、ゼロスはステラの背に手を回して抱き寄せた。
 その瞬間に、ステラはどきり、と自分の胸の奥が鳴ったような気がした。
 夕闇が、部屋の外まで繋がっているような錯覚。
 嗚呼何もない、けどしあわせだ。





(ふたりだけの世界が、飽和して溶ける)

10/02/03


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