あまいあめのひ、飴の雨。





レイニードロップ





 ぽつ、ぽつ、と地面に濃色の丸が現れて、徐々にそれが地面で増殖していく。次第にさあさあ、と柔らかい雨が天から糸のように降り注ぐ。誰かが言っていた、空が泣いているとはまさにこのことだな、とステラは思った。
 何ということはない。ただ、流れる雨を眺めていると少し淋しく思うだけ。悲しいと思ったことが一気に雨粒に乗って届けられてくるような、そんな気持ちで心が埋め尽くされていく。鈍色の空を眺めていると、なんだか内心まで同じ色に塗り潰されるような気分になった。退屈だなあ、と小声で呟くと鈍色はより退廃した色になる。


「傘もささずにお出掛けかい?」


 声とともに、ステラの周りの雨が止んだ。


「ゼロス、くん」


 ステラが振り返ると、そこには鈍い景色によく映える赤毛の神子さまがひとり。彼は傘を差し出してこちらをまじまじと見つめている。


「あっ、私、」


 傘をさしていなかったんだ、と今更思い出す。柔い雨と、どこか遠くへ誘う思考がそれを忘れさせていたようだ。現実に引き戻されて、自分の髪や服が濡れてしまっていたことに初めて気づく。
 あーあ、びしょ濡れになっちゃって。風邪ひくぜ、と呆れ顔のゼロスが頭を掻いた。びしょ濡れだねぇ、なんてステラはしみじみと呟く。


「何でまた雨のなかを傘もささずにいたのよ?」

「途中で降られたの」

「雨宿りすればいいじゃねーの」

「……そうだね」


 どこか素っ気ないステラの返事にゼロスは首を傾げる。さらりと揺れた赤い髪が、ステラにはとても綺麗に見えた。


「元気ねーなぁ……」


 独り言のように呟いて、ゼロスは懐をごそごそと探る。
 お、見っけ。ステラちゃん、手、出しな、と言って彼がニヤリと笑った。
 なに、とステラが手を出すと、そこにあたたかい彼の手が重なった。
 ふわりと彼の手が離されると、そこにあったのは小さな包装紙。


「それ、やるから機嫌なおせよ」

「……私、そんなに子どもっぽい?」


 それに別に機嫌悪くなんかないよ、とつけ加える。


「何となく、淋しいなって」


 思ったの、と消え入りそうな声でステラが呟く。なぜかは分からないけれど、ゼロスの顔が直視できなくて、手の上にある包装紙を見つめるばかり。
 雨の日って少し悲しくならない?なんて、ナンセンスな台詞だな、と頭の隅で思いながらも口にしてみる。


「じゃあ、ステラちゃんが元気になるおまじない、教えてやるよ」


 そう言ってゼロスは、先程ステラに手渡した包装紙をひょい、と掴んで取り上げた。
 目は瞑ってな、と僅かに低いトーンで囁かれ、ステラは普段聞き慣れない彼の口調に少し驚いた。逆らうなんて選択肢も頭にないまま、目を閉じる。
 かさかさ、と何か紙が擦れる音がする。
 これはきっと包装紙の音だと暗闇のなかでステラは思う。


「……!」


 次の瞬間、あまい味。
 驚いて目を開くと、目の前でゼロスがニヤリと笑みを浮かべていた。


「どーよ? 元気になるおまじない〜」


 なんて、くるりと身を翻して歩き出す。


「……あまい」


 さっきのは飴だったのか、と口に広がるあまさでぼんやりしながらステラは思った。
 いつの間にか、雨が止んでいた。





(レイニードロップ、飴の雨)

10/01/25


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