※『午前四時の幸福論』と同シリーズ





Ring your bell





 朝日も地平線の彼方で朱い光を燻らせている頃、ステラは不意に眠りから醒めた。「うぅ…」と微かに呻いて、寝返りを打つも、それは余計に彼女を覚醒へと導いた。
 こつん、こつん。廊下に響く、静かな足音。眠りから呼び覚ましたのは、この音だったのだろうか、なんて。ステラがそんなことをぼんやり考えている矢先に、足音はぴたり、と止んだ。
 それから間もなく、かちゃり、とドアノブが回される音。回されたドアノブは彼女の部屋のもの。次いで、キィ、と扉の開く音がして、開かれたその隙間から、長い影がゆっくりと現れる。


「……ゆあ、ん?」

「ああ…起こしてしまったか?」


 ステラが影の主の名前を呼ぶと、彼は申し訳なさそうな顔を浮かべる。それに対して彼女は「ううん、今さっき、目が醒めたの」と首を振る。


「ユアンが帰ってくるのが、分かったのかも、ね」


 彼女がそう続けて笑うと、ユアンもつられて頬を緩めた。


「……ユアン」

「ん、どうした?」

「何でもないの」


 呼ばれた名前にユアンはどうしたのかと問うも、ステラは相変わらずの緩い微笑みで何でもないと答えるだけ。


「ユアン、」

「なんだ?」

「ユアン」

「言いたいことがあるなら言っていいんだぞ?」


 脈絡もなくただただ紡がれる自分の名前に、ユアンは首を傾げた。
 レネゲードを統べるためとはいえ、彼女に寂しい思いをさせているのではないか。そんな疑念がユアンの頭を過ぎる。
 だから、何かあるなら伝えてほしい。ユアンがそう言うも、相変わらずステラは首を振るだけで。


「……ううん、本当に何でもないの。強いて言うなら、呼びたかったの、あなたの名前を」

「そうか」

「だからね、今だけは、」


 もっと名前を呼ばせて、と。微かに頬を染めながら、ステラは小さな声で囁いた。
 そんな彼女を、ユアンは慈しむように細めた目で見つめ、それから静かに頷いた。





(紡がれる名前に、安堵する。)


10/08/29


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