ナイトウォーカー「眠れ、ない」
ステラはがばりと起き上がり、冴えた眼で辺りを見回す。隣で眠るしいなの寝顔が、少しばかり羨ましく思われた。
満天の星空の光が窓から射し込んでいて、銀色のカーテンが靡いているようだ。夜独特の澄ました空気が自分を包んで、意識をより覚醒へと連れていこうとする。
(……眠る気が失せちゃった)
こうなったらもう寝ないで朝を迎えようかとすら思えてくる。そう思ってしまえばベッドの中にいることすら嫌になって、カーディガンを羽織って部屋を彷徨く。
(きれい……)
窓辺に立って夜空を見上げれば、そこ一面に広がる数多の星。川をなすほどに密集した星屑。それを眺めていると、どことなく悠久の時の流れを感じる。
街並みは死んだように静かで、所々に街灯がぽつんぽつんと申し訳程度に灯されていた。ふとステラが下を見てみると、見張りをしているクラトスの姿が見えた。
ずっと部屋で起きていても暇だもんね、とひとりごちて部屋を後にする。ギシギシと時折軋む廊下を抜けて、外へと繋がるドアノブに手を伸ばす。
かちゃり。
「何をしている」
ステラが扉を開ける前に勝手に扉が開いて、待ち構えていたかのようなクラトスが声をかけてきた。その少し威圧的な声にびくりとステラの体が小さく跳ねる。
「……なんだか目が冴えてしまって」
眠れないの、と肩を竦める。すると先程の威圧感がふっと霧散して、クラトスの表情が心なしか緩んだ気がした。
彼はそうか、と何事もなかったかのように元の場所に座り、見張りに戻っていった。
「少し一緒にいても、いい?」
「……好きにするといい」
そんな薄着で寒くはないのか、とクラトスが問うと、ステラはありがとう、でも大丈夫だよ、と微笑んだ。
こんな星空の下をクラトスと一緒に過ごすなんて、ちょっと不思議、と笑うと、本人は不思議で悪かったなとでも言いたげな仏頂面になる。
「怒らないで?」
「……別に怒ってなどいない」
「本当に?」
「本当だ」
なんて不毛なやりとり。他愛のない会話ばかりを繰り返すうちに夜も更け始める。
「ところでステラ」
「何かしら?」
「眠らなくていいのか」
「そういうクラトスは眠らなくても大丈夫なの?」
「私は別に構わない。だがステラ、お前は眠れなくても少しくらいは体を休めた方がいい」
その言葉にステラは、そっか、それもそうだよね、と言ってすくっと立ち上がる。
「じゃあ…私、」
そろそろ部屋に戻るね、とクラトスにへらっ、と笑いかけて立ち去ろうとする。
クラトスってなんだかお父さんみたい、と口にすれば背後からちょっとした威圧感が押し寄せた。
「……嘘だよ、でも本当。おやすみなさい、クラトス」
「……ああ」
ぱたん、と扉の閉まる音がしてギシリと床の軋む音が床に響く。
「……お父さん、とはな」
私も随分甘く見られたものだ、と呟いた。娘と見るには大人びていて、恋人と見るにはあまりにも幼いあの少女。そう考えてしまう自分を嘲笑うかのように、フッと笑みが零れた。
間もなく夜が明ける。
深夜の邂逅の終焉を知らせるように白んだ地平線が微かに浮かんで見えた。
(真夜中の少女は黎明に消える)10/01/27