午前四時の幸福論 暗闇の部屋に人工的な光が一筋射し込む。眩い明かりにステラは薄らと目を開く。
「……起こしたか?」
ぎしり、というベッドのスプリングが軋む音の後に、聞き慣れた声が部屋に響いた。
「ゆあ、ん?」
眠気のせいか、上手く回らない呂律でステラが尋ねると、そうだ、と肯定の答えが返ってくる。ベッドに放り出されたステラの腕に、ユアンの長い髪がさわさわと触れるのが分かった。
「……おかえりなさい」
「ただいま、だが」
「また…出るの?」
「……ああ」
レネゲードを統べる彼は、ひとつのベースに長期に渡って滞在することは滅多にない。ステラもそれを承知の上での質問だったが、改めて知らされると、少し、淋しい。
淋しさを紛らわすように、ステラは腕の周りで揺れるユアンの髪を指に絡めた。さらさらとした髪の触感がまた、どこか淋しさを誘う。
「どうした?」
「……なんでも、ない」
その仕草に気づいたユアンが首を傾げる。それから子供をあやすように、ステラの髪をやわやわと撫でる。
「眠らないのか?」
撫でながらユアンは問う。時刻は夜も更け始めた頃。早朝というにはあまりにも早い時間である。まだ眠いのだろう、とユアンはステラを見つめた。
「……眠くない」
ユアンは、明らかに眠気に引きずられて重たそうに瞼を上げているステラに笑みがこぼれた。
今にも眠りに就いてしまいそうなステラの声音が部屋に響く。
「だって…眠って、起きたら、ユアンは…いないんだもの」
「……すまない」
「違う、の」
ゆっくりと、けれど確実に眠りに落ちていく声でステラが続ける。
「ユアン、がいないのが…嫌なんじゃ、なくて…ユアンがいるときに、私が一緒にいられないのが…嫌なの」
淋しい思いをさせているのだ、彼女に。
それに改めて気づいて、ユアンは静かに目を閉じた。
「……もう、眠るといい」
「いや、」
「ステラが起きたときに、私はここにいてやるから」
(……嘘)
きっと目が覚めたら彼はいない、とステラは知っていた。けれどわざわざそう言ってくれるユアンの優しさが大好きだから、言及できない。
(きっと、いない……)
ふわりと頬に触れたユアンの手が冷たくて、心地よくて、結局ステラは眠ってしまった。
(目が覚めるとやっぱりあなたはいない)10/03/04