ふたりの距離 陽光が射すステンドグラスは、透明な色彩を透かして木製の床に仄かな色を鮮やかに移す。降り注ぐプリズムの光が目に染みて、プリムラは思わず深緋色の瞳を細めた。
白昼のバロニア大聖堂は礼拝する者も多く、ざわざわとした声が時折、プリムラの耳にも届く。いつもと変わらない、修道女としての毎日。
ざわめきが少しだけ、大きくなる。けれど徐々に近づいてくる、こつ、こつ、というブーツの音がプリムラの耳に、妙にはっきりと聞こえた。
「シスター・プリムラ」
聞き慣れた声――けれど決して太陽の下では聞くことができないと思っていた声に、プリムラは振り返る。深緋色の瞳が捉えたのは、ステンドグラスから洩れた色彩を金色の髪に映して煌めかせる、リチャードの姿。
「リチャード、王子……」
プリムラはリチャード、と呼び、それからぎこちなく王子、と改まる。月下ではかき消えていた立場という障壁が、太陽の下で明らかな境界となって目の前に現れた。
ほんの戯れのつもりなのだろう。お忍びの来訪などよくあること、とプリムラは自分に言い聞かせる。言い聞かせる、そうしなければならないなんて。
「どうなさいました? 王子が聖堂にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
修道着の裾を軽く持ち上げて、挨拶。プリムラはにこり、と柔らかく笑うものの、どこか余所余所しい態度と言葉でリチャードに応える。傾げた拍子に、少女の白銀の髪がきらり、とステンドグラスから射す光を受けて虹色に煌めいた。
(……遠い、)
いつものように、あの月下のように話しかけて、笑いたい。けれど、太陽の下、他の拝礼者の目がある今、それを言葉にすることなど、プリムラにはできなかった。
リチャードの金色の優しい瞳を一瞥すると、プリムラは自分の胸に、どこか寂寞とした思いがずしり、と沈んでいくような気がした。
(なんか……)
鈍い痛みが胸を支配して、何も言えなくなる。伝えたい、のに。
「たまには城の外に出かけてみようと思ってね。シスターのお話は聞いているよ」
「それは……光栄でございます」
ぺこり、と一礼。リチャードも砕けた言葉使いではあるが、余所余所しい雰囲気は拭えないでいた。二人の間は五メートル程度。けれどなんだか、もっと離れているような気がした。
(そんな距離が、さびしい、なんて)