14-1
深い闇の中に漂う。苦しみ、寂しさ、あらゆる負の感情が溢れかえる。
「…アスベル、ソフィ…プリムラ」
苦し紛れに口にしたのは、友人の名前。もう久しく話をしていない気がする。渦を巻くようになだれ込む負の感情に、彼は二人のことを思い出し、眼前に腕を伸ばす――もちろん何も掴めやしない。
不意に響くのは少女の「だいじょうぶ、ずっと友だち、だから」という声。それに安堵する。けれどその白銀の少女の姿は目の前で雪のように溶けてしまった。
「……プリムラ」
もう一度、少女の名前を呼んだ。しかしそこには誰もいなかった。彼と、黒い影。
14.闇に染まる白「ここが、ストラタ…」
「プリムラはストラタは初めてですか」
「…うん」
深緋色の瞳を見開いて、プリムラは辺りを見遣った。彼女にとってストラタは砂漠の国というイメージしかなかったので、街中の舗装された様子や水が豊かに流れる噴水を見て驚いた。ウィンドルとはまた違った空気を感じて、プリムラは少し深く息を吸い込むと、むっとする湿気と涼やかな風の味がした。
物珍しそうな様子のプリムラを引き連れながら、ヒューバートは大統領の元へと街中を進んでいった。街の奥にある大統領邸に到着すると、ヒューバートは入口の警護と何言か会話を交わしてその室内に案内された。
「プリムラはここで待っていてください」
奥の部屋で大統領と内密に話をしたいのだろう、ヒューバートはそう彼女に告げた。アスベルたちを待つのにわざわざ中に入って話を立ち聞きするのも気が引けたので、プリムラはこくりと頷くと部屋の前で待つことにした。
ぱたり、と扉が閉じてプリムラは部屋の前にひとり取り残されることになった。
(アスベルたちは何をしているのかしら…?)
窓の外を眺めながら、プリムラはぼんやりとそんなことを考えていた。窓の外では強い陽光の照り返しが散乱していた。
アスベルはここに来ることが危険かもしれないと言っていたけど、無事にここにたどり着けているのか、交渉はどうなったのだろうと、今まで全く考えることができないでいたことが頭に溢れかえってきた。
あの部屋にいたら、ずっとリチャードとアスベルの決別のような出来事しか考えることができなかっただろう。答えなどあの場所にはないというのに、あの場所でずっと迷宮に取り残されていたかもしれないと思うと、プリムラは改めてヒューバートに感謝した。
到底何かをする気にはなれなかったけれど、あの部屋は出て良かったと、少女は心の中でそうひとりごちた。
「……プリムラじゃないか!」
不意に呼ばれる、聴き慣れた声に振り返ると、そこには見知った面々。
「アスベル…みんな、」
「どうしてプリムラがここに?」
不思議そうに尋ねるアスベルに、プリムラはヒューバートとここに来たことを伝える。それよりみんなは何をしていたのか、と少女が尋ね返すとアスベルたちの表情が少し曇った。
「それが、リチャードが…」
「……リチャードがどうかしたの?」
言葉を濁すアスベルに、プリムラは首を傾げた。アスベルたちはストラタにいたのに、リチャードと何かあったというのはどういうことなのだろう、とプリムラは疑問に思う。その疑問を察したのか、アスベルは「中で大統領に報告をするつもりだから、一緒に聞いてほしい」とプリムラに伝えた。それに頷くと、プリムラもアスベルたちに続いて大統領の部屋に入っていった。