12-1
そんなの、うそでしょう?
だって、リチャードとアスベルは友だちで、それで――。
なのに、どうして?
12.おかえり、グッバイ 忙しく出撃の支度を進めるウィンドル軍。その侵攻しようとしている先は、ラントであった。
ラント領民をウィンドルに対する反逆者として見なす兵、複雑そうな面持ちのる兵、様々いるが、いずれにせよ、侵攻の準備は着々と行われている。
その指示をしているのは、紛れもなくリチャードである。彼は今、友人の故郷を攻め落とそうとしているのだった。
プリムラにはその真意が分からなかったが、ただ彼の傍で一部始終を諦観することしかできなかった。
(リチャード……いつも通りだと、思ってたのに……)
「……さて」
行こうか、プリムラ。
そう言って振り返るリチャード。優しげな笑みの奥で、ギラリと鋭く光る刃のようなものがちらちらと見え隠れしているのが、プリムラには見えた。
けれど傍にいると、一緒にいると約束した以上、少女はそれに畏怖しつつも彼と共にいるしかないのだ。あんなに弱々しそうに、傍にいてほしいと自分を求めてくれた彼を、彼女はひとりにしておけなかったから。
だから少女には、差し伸べられた手を掴むという選択しか残されていなかった。
こくり、と頷いてリチャードを見詰める。深緋色の双眸で捉えた彼は、やはり長年親しんできた彼とはなにか違う気がしたが、そんなことはプリムラにはどうでもよかった。
(一緒にいるって、約束したから)
噛みしめるように、心のなかで呟く。それからプリムラはぎゅ、と胸元で拳を握った。
リチャードに促され、城外へ抜けると、そこには亀車がつけられていた。
「乗って」
「……うん」
言われるがまま、プリムラは頷いて亀車に乗り込んだ。
これはラントへ向かう亀車なのだろう。少女が亀車に乗ると、リチャードもそのなかへと乗り込む。
プリムラは、亀車から見える景色を眺めながら思う。アスベルたちはすでにラントに着いただろうか。無事にヒューバートを説得できただろうか。そして、みんなはどうしているのだろうか、と。
「プリムラ?」
「……?」
「外ばかり見ているから、どうしたのかと思ってね。どうかしたのかい?」
「……特に、なにもないわ」
「ふうん?」
まったく納得していない様子で少女を見詰めるリチャード。彼女の考えていることを見透かしているのか、あるいは気にしていないのか、彼も特に言及はしなかった。
以前――大聖堂の前で真夜中に邂逅していたときは、会話も楽しいものだったし、沈黙が痛いと感じたことも、少女にはなかった。
けれど今はなぜなのだろう、沈黙がちくりと胸を刺すように感じられるのだ。
それはやはり、彼がラントを攻めようとしているからなのだろうか。心になにか引っかかるからなのだろうか。
いずれにせよ、バロニアからラントまでの道のりはそこまで長いものではなく、そうした時間は終わりを迎えた。
「さあ、もうすぐラントだ」
誰にともなくリチャードは呟き、口角を僅かに釣り上げた。