10-1
見渡すかぎり雲一つない、真っ青な空が一面に広がる。ふう、と吹き抜けた風が少女の白銀を散らしていく。
きらきらと反射する髪を押さえつけながら、少女は隣にいる青年を不安そうに見つめた。
10.いつものあなたを探してる ウォールブリッジ中央塔の屋上――そこにリチャードは立っていた。ぎらり、と鋭く光る瞳で景色を一瞥してから、王都の方を見遣る。
その傍にいるのは、デール公とプリムラだった。デール公は今のリチャードの様子を気にも留めていないようだが、彼女は今いる彼に形容し難い不安感を覚えていた。けれどプリムラは、その気持ちをかき消すよう努力することにした。
(リチャードは、リチャード……何があっても私のたいせつな、)
ともだち、なのだから。ずっと傍にいると言ったのだから。彼を、信じなくちゃ。無意識に、プリムラは内心でそう呟いていた。
少しすると、下の階からアスベルたちが上がってくる。先ほどの三人に加えて、なぜかシェリアがいることにプリムラは気付いた。アスベルたちがやって来たのを確認すると、リチャードは優しげな口調で「こちらへおいで」と告げた。
「ようやくここまできたね……あとは王都を攻め落とすだけだ」
リチャードはそう言うと、笑みを崩した。嗚呼あの表情は叔父を倒すと告げたときのものだ、なんて、少しだけ磨耗した気持ちでプリムラは思う。ぐっ、と拳を握ってリチャードは続ける。
「見ていろ……正義が勝つということを晴天の下に知らしめてやる」
そこでリチャードは、アスベルの背後に立つシェリアの存在に気づく。首を傾げるリチャードにシェリアが名前を告げると、彼は嬉しそうに「シェリアさんか! 君も僕の発した檄に応じて馳せ参じてくれたんだね」と笑う。
一方シェリアは、その言葉を聞いて複雑そうな表情を浮かべた。
彼女が何と言おうかと言い倦ねていると、アスベルがシェリアは負傷した兵を治療しに来たのだと説明する。
それに一層リチャードは微笑みを深めると、よろしく頼むという旨の言葉を告げた。しかし。
「捕虜の治療はいいから、味方を優先してやってくれ」
「え……?」
予想外の彼の言葉に、アスベルもプリムラも驚きを隠せなかった。シェリアに至っては聞き間違いでもしたのではないかと首を傾げる始末である。
けれどそれは、紛れもない事実で。虚しく「叔父に手を貸すような輩に慈悲を与える必要はない」という言葉がアスベルたちの耳に響いた。
「彼らも同じ国の民じゃないか」
「僕に敵対する人間など、僕の国の民じゃない!」
加えてリチャードは、捕虜は見せしめに処刑するというのだ。普段の彼らしからぬその言葉に、アスベルもさすがに困惑し、リチャードに止めるよう説得しようとする。
彼らの意志で敵対しているわけではない。そして、上の人間が恐怖で人を支配していいわけがない、と。必死に自分の意見を伝えるアスベルだったが、それも徒労に――そして逆効果に終わる。
「煩い、黙れっ!」
「……リチャード、殿下?」
「アスベル……君は僕が目にかけているからといって、少しいい気になっていないか?」
黙れ、と珍しく声をあげるリチャード。その異変に思わず宥めるつもりでプリムラが名前を呼ぶも、それは呆気なく無視をされてしまう。
リチャードは怒ったように言葉を吐き出した。それとともに、鞘から抜かれた剣の切っ先が突きつけられたのは、アスベル。信じられないといった表情で、プリムラたちはふたりを見ていた。
リチャードがそんなことするなど、プリムラには信じられなかった。
七年ぶりに再開を果たしたのちも、時を感じさせないほどの絆で繋がっていたふたりのはずなのに。どうして?
プリムラですらそう思うのだから、アスベルにとってはそれ以上の重さを以て心に沈みこんだだろう。アスベルは案の定というべきか、ひどく驚いた様子で立ち尽くしていた。