9-1
少しずつ、少しずつ。
だけど確かに歯車が食い違ってくおとがする。
それはまるで、鼓動のおとに似ていた。
09.確かな胎動のおと「剣と風の導きを!」
蒼天に向けて自身の剣をざっ、と掲げるリチャード。整列している兵士も彼の言葉を繰り返す。士気が上がっていくのが近場で見ていたアスベルたちにもとてもよく分かった。
プリムラはその場の雰囲気に気圧されたように、ぐっと衣類の胸元を掴んだ。
「大丈夫か?」
「え、あ……うん、平気」
そんな彼女の表情に気づいたアスベルが声をかけるが、未だに少しだけぼうっとした様子でプリムラは大丈夫だと頷いて微笑んだ。
ちょうどそのとき、士気を十分に上げるという勤めを終えたリチャードが、アスベルたちの元へと戻ってきた。優しげに瞳を細めながら、出発を促す。
「では僕たちも行こうか」
その言葉に、アスベルたちはウォールブリッジ内部に潜入するべく再び遺跡を目指すことにした。
道中は、ウォールブリッジに潜入した後にどのような経路で攻略していくかについて話し合いながら歩を進めることになった。
作戦としてはまず、北橋を上げることで増援を断つ。それから南門を開放してこちらの兵をウォールブリッジになだれ込ませる、ということだった。
遺跡は以前入ったばかりだということもあって、ウォールブリッジ内部に直通する出口に到着するまでにはさほど時間は要しなかった。
「大丈夫みたいだな」
「……ここから、だね」
ウォールブリッジ内部に侵入するなり、剣を構えて辺りを警戒するアスベルたち。有り難いことにそれも杞憂で済み、まずは一安心と胸を撫で下ろして武具を収めた。
* * *
それから程なくして、アスベルたちは順調に北橋を上げるという目標を達成し、残すところは南門の開放するのみとなっていた。
順調、とは形容したものの、アスベルたちは幾度も騎士団やセルディク大公の兵たちと戦闘を繰り広げていた。
留めは刺さないものの、自分と同じ国の兵を倒さなくてはならないことはやはり、精神も削られるものである。
「……っ、」
「リチャード、大丈夫?」
「ああ、怪我はないよ」
「それだけじゃ、なくて」
リチャードのことである。自国の兵を傷つけていることに、多かれ少なかれ傷ついているのではないかとプリムラは思うのだ。少なくともプリムラ自身、この状況に心が痛むと感じていたから。
立ち止まって、プリムラはリチャードに訊ねた。
リチャードは、眉尻を下げて心配そうにしているプリムラに気づいて、そんな彼女を安心させるように微笑んだ。けれど自分の不安など、彼女にはお見通しなのだろう。
「正直言うと、少しだけ怖いんだ。でも大丈夫だよ」
「なら、いいんだけど」
「それよりプリムラこそ大丈夫かい? 君の方がこういったことが苦手じゃないか」
「……ええ、私も大丈夫。ありがとう」
「二人とも大丈夫か?」
二人の顔色があまりよく見えなかったのだろう、アスベルが心配して振り返る。ソフィも首を傾げて「大丈夫?」と訊ねていた。
「ああ、大丈夫だよ。すまないね」
そう言ってリチャードは申し訳なさ気に微笑すると、「先へ行こうか」と言って再び歩を進める。プリムラも彼の後ろに続いて歩き出した。