13-2


(リチャード……)


 窓の外を眺めながらプリムラは豹変してしまった青年のことを思い出した。優しく微笑んでいた彼、アスベルのことをたいせつに想っていた彼、長い間二人を見てきたからこそ、先の二人の戦闘はプリムラの心を抉った。


(どうすればよかったの…?)


 あのときのことを思い出す。アスベルがリチャードに剣を向けるのは嫌だった。けれど、リチャードが何かおかしいということもプリムラにはわかっていた。だからこそ、何も言うこともできなかったし、あのとき退くリチャードについていくこともできなかったのだ。
 窓から見える庭にはあのときに崩れた噴水などがありありと残っている。それが余計に少女にリチャードとアスベルの仲違いを思い出させるのであった。


「入りますよ」


 ノックもなく、返事も待たずに開けられる扉。ヒューバートの声だ、とプリムラはわかった。けれどそちらに振り返る力が沸かない。
 カツカツ、と足音が近づく。


「プリムラ…あなた、何をやっているんですか?」

「外を、見てるの」


 拍子抜けな返答だったのだろう。ヒューバートのあからさまなため息が聞こえた。それから徐ろに肩を掴まれ、プリムラはヒューバートの方へ体を反転させられる。強引な所作にプリムラは目を見開いてヒューバートを見つめた。
 その彼の表情は、怒っているような、悲しそうな、呆れたような、形容しがたいものだった。


「もう一度聞きます、何をしているんですか」


 答えられずにプリムラは口元を歪ませた。しばらくの間、部屋に沈黙が響く。それに耐えかねたヒューバートが再び口を開いた。


「何もしないでいて、それで何か変わるんですか? 兄さんは、あんなでしたが、ラントのために自分にできることをしようとしている。みんなそうでしょう?」

「…」

「あなたは何をしにここに来たんですか」

「リチャードを…」


 そこまで口にして、言葉に詰まる。その先がなかなか出てこない。その代わりに、溢れてきたのは――大粒の涙だった。
 泣いた記憶がないくらい、泣いたことがなかったのに。プリムラはぽたぽたと溢れる雫が自分のものだと気づくのに少し時間がかかった。ヒューバートもそれを見て、空色の瞳を微かに見開いた。記憶こそ古いものの、プリムラは年齢のわりに大人びた雰囲気があって、落ち着いていていつも微笑んでいる印象があった。
 そんな彼女が、いま、ここで泣いている。
 少し言いすぎたと気づいたヒューバートは掴んでいた手を離した。それから、小さく息を吐く。


「その…すみません」

「私、……私だって本当は、リチャードのこと、信じてあげたかった…」


 少しだけ紡がれる、言葉。何を言っているのかヒューバートが理解するのには時間がかかった。プリムラは深緋色から溢れる雫もおざなりに口を開く。


「でも、ダメだったの…あと一歩のところで、信じられなくて、でもリチャードは…あんなことしないって…ラントに攻めるって言ったとき、どうしていいかわからなくて」

「その結果、ですか…」

「もういいって言われて…私、」


 再び言葉に詰まるプリムラ。もういいと言われて、とても悲しかったのだ。自分が思っていた以上に。そしてもっと信じてあげればよかったのだと、後悔が生じる。その後悔が本当に正しいものなのか、今のプリムラには判断できなかった。


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