13-1


 こんなにも儚くて脆いものだったのだと、はじめて知った。





13.頬を伝う哀歌





「プリムラ……大丈夫なのか?」


 アスベルは、彼女がいる部屋を目の前にして小さく呟いた。あれ以来、彼女の様子がおかしいことくらいは彼にも分かった。食事の際には顔も出すし、笑顔でみんなと話してはいる。しかし、それ以外の時間は多くをその部屋で閉じこもって過ごしていた。
 無理もないか、とアスベルはひとりごちた。長い間、友人として信じていたリチャードの変貌ぶりにショックなのだろう。現にアスベル自身も、リチャードのあの豹変ぶりには困惑しているのだから。それにしても、彼女の落ち込みぶりは尋常ではないようにアスベルには思えたのだった。


(確かにプリムラはリチャードとの付き合いも長いからショックなのかもしれないが…)


 アスベル自身もプリムラとの付き合いは決して短くはないが、こんなプリムラを見たのは初めてだった。話しかけてもいいものか判別はできないが、アスベルはその扉をノックして少女を呼んだ。
 奥の方で物音がして、足音が近づく。それから静かに扉が開いた。扉の間から、少し疲れた様子のプリムラが顔を出した。


「…アスベル、どうしたの?」

「あのさ、俺たちはこれからストラタに行こうと思うんだ」

「ストラタに?」


 突然の申し出を理解できずにいるプリムラに、アスベルは事情を説明した。ヒューバートが本国から召還命令が下されていること、それを撤回してもらうために使者として自分がストラタに赴くつもりでいること。


「ストラタでの安全は保証できないし、簡単な用事ではないかもしれない。だけど、プリムラにも力を貸してほしいんだ」


 そう言ってアスベルが頭を下げると、プリムラは少しだけ眉尻を下げた。おそらく初めて見る、困った顔だった。プリムラは何を言っていいのか悩んでいるように口元を僅かに動かしてから、言葉を発した。


「ごめんね、アスベル。今の私じゃ、力になれないわ…」

「……わかった。俺こそ、こんなこと言って、すまなかったな」

「…ううん。本当に、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに謝るプリムラに、アスベルは首を振った。


「いいや、気にしないでくれ。プリムラはヒューバートとここで待っていてくれ」

「…ええ」

「リチャードのこと、俺も…驚いたよ。その、ラントのことが落ち着いたら、リチャードにまた会いに行かないか?」


 アスベルの言葉を聞くなり、プリムラは深緋色を見開いて、それから少しだけやんわりと微笑んだあと、なにも言わずに扉を閉めた。扉の向こうから、かすかな声で「ごめんなさい」と少女の震えた声がしたのを、アスベルは聞き漏らさなかった。


「プリムラ…」


 扉の向こう側の少女のことを考えて、アスベルは胸が痛んだ。


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