2-1
リチャードがラントへ発ってから一日目の夜を迎えた。少女はいつものように月下の大聖堂にいた。
02.ともだち
「……リチャード、」
月を眺めてなんとなく呟く。それから、そういえば、とプリムラは思い返す。確かラント領主には、自分と同い年くらいの息子たちがいるらしい。
友達になれるといいね、なんてプリムラはぼんやりと思う。薄雲で見え隠れする月をなんとなくリチャードに重ねて、少しだけ少女に笑みが零れた。
* * *
翌朝プリムラが目を覚ますと、街がいつもより騒々しかった。祭りの日もこんな雰囲気だけれど、それとは違うようなざわめき。
街のひとたちの噂話に耳を傾けてみると、どうやら王の――リチャードの父の様態が急変したらしい。
心配ではあるけれど、所詮プリムラも庶民の身。リチャードが気がかりでも、そう容易く会いにいけるわけではない。彼の元へ駆けつけることができない無力さが、少女には悔しかった。
「リチャード、心配だな…」
「え? リチャード?!」
ぽつりと呟いたプリムラの言葉にひとりの男の子がこちらを振り返った。あまりにその子が驚いた様子だったので、思わずプリムラも驚いて体を跳ねさせた。
「な、なんですか…?」
「お前もリチャードを知ってるのか?」
首を傾げて尋ねるプリムラに、男の子は質問を返してくる。
「リチャード、って王子さまの?」
「そうそう」
訊き返すと、彼は赤茶色の髪を揺らしてこくりと頷いた。
「ええ、知ってるわ。……あなたは?」
「おれ? おれはアスベル・ラント。……あ、でもってこっちはソフィ」
その名前を聞いて、プリムラは彼が誰なのかを漸く理解した。彼がリチャードが向かったラント領の息子なのだと。隣の女の子は、紫苑色のツインテールを揺らして首を傾げている。
「ところでお前は?」
「プリムラっていうの」
リチャードとは一応、友達だと伝えるとアスベルはにこりと邪気なく笑って「一緒に会いに行かないか」と言った。
「え、でも、」
「あーっ! アスベルー!」
プリムラが「リチャードの家は今、大変なんじゃ…」と言おうとした瞬間、それは甲高い女の子の叫び声に遮られた。
「げ…! シェリア…!」
アスベルが振り返った先には桃色の髪をおさげにした女の子。その表情は怒りと驚きが入り交じったようなものだった。