11-4


「……プリムラ、」

「ごめんなさい、アスベル……わたし、約束…したから、だから、」

「分かってる。俺たちで、何とかしてくるよ」


 「行けない」の一言を言い倦ねているプリムラを察して、アスベルはにこり、と笑ってみせた。


「うん、いってらっしゃい」

「早く行かないと、時間がないよ」

「……分かってる。それじゃ、またな、プリムラ」

「アスベルも、気をつけて」


 プリムラは簡単にアスベルを祝福して、送り出す。ばたり、と閉じられた扉の向こうにアスベルは消えていった。


「プリムラ、やっとふたりになれたね」


 そう言ってリチャードは、金と緋色の双眸を少女に向ける。
 優しく細められた瞳を見ていると、プリムラは今までもやもやと考えていたことが、どうでもよくなっていた。
 ねえプリムラ、とリチャードが言葉を吐く。


「君はいつもアスベル、アスベルって言って……いつか、僕なんかじゃなくて、アスベルを選ぶんじゃないかって、思ってしまうんだ。だから、」


 こうでもしないと、君はここにいてくれない。そうだろう?
 不安げに紡がれるそれ。時折弱々しくなるリチャードに、プリムラの心臓はギュッ、と痛むのだ。そんなこと、ないのに。


「リチャードと一緒にいるって、約束したじゃない。アスベルも、リチャードも、変わらないわ――ふたりとも、わたしの大切な、友だち、だから」


 どこへも行かないよ。
 ふわり、と微笑んでから腕を伸ばす。その先は――リチャードの背へ。白銀を埋めた胸元からは、とくん、とくん、と心臓の音がした。


「……っ、プリムラ?」

「あ、えっ、えーと……ご、ごめんなさい…出過ぎた真似を致しました……!」


 リチャードの声で、プリムラは自分がなにをしでかしたのかを理解する。無意識とはいえ、自らの行動に驚く。なんて、ことを。プリムラは、慌てて彼との距離をとった。
 慌てふためく少女を見て、リチャードは小さく笑った。


「……ありがとう、プリムラ。おかげで勇気が出たよ」

「なら、よかっ……」

「ラントを、攻める」

「……え?」


 一瞬、耳を疑った。しかし、リチャードから告げられた言葉は確かに、ラントを侵攻するということだった。
 深緋色の双眸を見開いて、プリムラはリチャードを見つめた。
 相も変わらない様子で、彼はデール公に出撃の支度を命じている。


「そんな……リチャード、どうして?」

「僕に楯突く者はみんな、許さないからね」


 君も来てくれるだろう、プリムラ?
 手を差し出す所作はひどく優しいものだったのに、少女を見遣る瞳は今までにないほどに鋭くて、プリムラには抗うことができなかった。





(あなたの欠片が泡になって消えてゆくの)


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