11-3
デール公は、これはアスベルにとって名誉挽回と旧領回復の好機だという。しかし――。
(そんなことって……)
今、ラント領は彼の弟であるヒューバートが治めている。そんな場所に、先鋒として攻め込んで領民を戦争に巻き込んでまで手に入れる名誉って何なのだろう? そこまでして必要な領土なのだろうか? プリムラはそう思うのだった。
「陛下の厚いお心遣いに感謝し、忠勤を励むがいい」
「お前は俺に、ヒューバートやラントの人々と戦えというのか……?!」
「口のきき方に気をつけろ、アスベル」
さすがにアスベルもこの酷な話に苛立ったのだろう。思わず普段の言葉遣いで反論してしまう。それが気に障ったリチャードは玉座から立ち上がった。それから放たれる、怒号。
「僕はこの国の王だ! アスベル……君は……王に楯突くつもりか?」
「リチャード……」
そう呟いて俯くアスベル。七年間ずっと思い続けてきた友達。ともに友情の誓いをした、彼。
その彼に、そのようなことを言われてやはりショックなのだろう、アスベルは目を伏せて、ぐっ、と溢れそうになる言葉をのんだ。それから。
「……陛下、俺をラント領へ使者として派遣して頂けませんか?」
「君がストラタの司令官を説得するというのか?」
「肉親だからなんとかなると考えているなら大間違いだぞ? 血の繋がりは往々にして情愛よりも憎しみを増幅させる」
僕と叔父がいい例だ、とリチャードは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「君だって……君をこんな境遇に追い込んだ弟を憎んでいるはずだ」
「俺は、弟との関係の改善を諦めてはいません」
意志のこもった空色でリチャードを見つめると、アスベルはもう一度坐り直した。
「お願いいたします。どうか、一度だけ機会をお与えください。必ず弟である司令官を説得し、我が国との交渉の席につかせてみせます!」
「……いいよ、分かった」
アスベルの言葉ににこり、と笑ってみせると、リチャードは「そこまで言うなら行ってくればいい」と続けた。それに深々とアスベルは礼をする。
「ただし、時間の猶予はないよ。すぐにラントへ向け出発するんだ」
「……わかりました」
もう一度礼をしてアスベルは玉座の間を後にする。プリムラもそれに続こうとしたとき。
「プリムラ……君は、こっちだ」
「え…?」
優しく呼ばれる声に、プリムラは振り返る。そこには、にこりと笑うリチャードがいて、プリムラはそれに安堵の息を吐こうとして、止めた。
少女は昨日から、どうしてもリチャードが怖くて仕方なかったのだ。にこやかに笑っていても、どこか空恐ろしい感覚が頭に残る。
先ほどの憂鬱な気持ちの原因は、これだった。
そんなわけ、ないのに。
(いつものリチャードよ……きっと少し、疲れてる、だけ……だから、)
「約束、したからね」
「……やく、そく、」
「ずっと傍にいる、って……ね?」
そう言って微笑むリチャードは、いつも通りの彼だった。
(だってほら、いつもの、リチャード、だから……)
本当にそう思えたのか、摩耗してしまった思考回路がそこへと導いたのか。どちらにしたって、同じこと。
プリムラはゆっくりと頷いて彼のもとへと歩み寄った。