11-2
アスベルとプリムラが玉座の間に入ると、そこには玉座に座るリチャードと隣に立つデール公がいた。
ふたりが近くまで来ると、デール公が徐に話を始めた。
「セルディク大公に与し、陛下に敵対した騎士団関係者に対する処分が決定した」
その言葉に、アスベルは息をのんだ。プリムラは不安げな深緋色をリチャードに向ける。ふたりの様子を一瞥すると、デール公は続けた。
「陛下は寛大にも処刑を思いとどまられた」
思わず洩れる、安堵の息。これでひとまずは、彼の教官――マリクも命は助かるだろう、とプリムラも安心して深く息を吐いた。
そんなふたりを見遣ると、今度はリチャードが徐に口を開いた。アスベル、と呼ばれる声にアスベルは顔を上げる。
「僕が君をここへ呼んだ本題は別にある。君の故郷であるラント領の現状と、今後の方針に関して知らせようと思ったからだ」
「ラント領の……?」
空色を見開き首を傾げるアスベルに、デール公が説明をする。
ラント領に進駐するストラタ軍が近郊にある輝石の鉱脈を占拠しているために、ウィンドルでの輝石の流通が滞り始めているのだそうだ。このままストラタ軍を放置しておけば、ウィンドルの経済や国民の生活に打撃を被ることが予想される、とのことである。
「陛下はこのことに心を痛められ、至急対策を講じるべきだとお考えになられているのだ」
「対策とは、具体的にどんな……?」
リチャードを見上げ、訊ねるアスベル。それに、やはりあのギラリとした瞳を向けてリチャードが短く答えを告げる。
「ラント領を攻める」
「なんだって?! ちょっと待ってくれ!」
アスベルは驚いて思わず立ち上がる。悲痛な声が部屋に響いた。
プリムラも深緋色を見開いてリチャードを見つめた。彼の口からそんな言葉が、出るなんて。
「そんなことをすれば、ストラタ本国と全面戦争になる!」
「そんな……!」
思わずプリムラも小さく悲鳴を上げた。以前、ラント領がフェンデルと国境紛争で混乱していたときには、本国との戦争を忌避して手が打てないと悲しそうな顔をしていたリチャードからは想像もつかない対策だった。あまりにも矛盾する彼の言葉に、プリムラも戸惑いを隠せなかった。
それからアスベルは、ラントの領民はどうなるんだ、と声をあげた。
デール公はアスベルに、ストラタ進駐軍の司令官にあてて、撤退勧告を数度にわたり発しているが、彼らがセルディク大公との締結した同盟を盾に応じないこと、それからラント領民がストラタへの正式編入を訴えていることを伝えた。
「これは、陛下と我が国に対する重大な反逆だ」
「僕に逆らう者は許さない。ストラタの軍勢ともども我が国土から叩き出してやる」
「そんな!」
(リチャード……どうして……?)
プリムラは、玉座に優雅に座り続けるリチャードに戦慄した。
いつもの彼がいない。どこにも、見えない。彼らしからぬ発言に、少女は何も言えなくなってしまう。
対してアスベルは、さすがにやりきれない様子で半ば悲鳴にも近い声音で叫んだ。しかしそんな彼に、尚も残酷な知らせは続く。
「ついてはアスベル。陛下は君をラント侵攻軍の先鋒にと仰せだ」
「俺を……?」
あまりにも酷な提案に、アスベルも言葉を失った。