10-5


 玉座の間で待ち受けていたのは、セルディク大公ただ一人。彼はここまで辿り着いたリチャードの姿を目にすると、顔を歪めた。武器の構えから、その焦燥が滲んで見える。


「リチャード……! よくもここまで……!」

「王都は我が軍勢により、完全に包囲されています。貴方はもう終わりです」

「貴様…本当に、あのリチャードか?」


 異様なまでの冷たいオーラを放つリチャードの姿に、やはり違和感を覚えたのか、セルディク大公は怪訝そうに眉を顰めた。
 そんな大公を一瞥すると、リチャードは「当たり前です」とあの笑み――以前、セルディク大公を倒すと言ったときのそれ――を浮かべた。


「……父の敵をとらせて頂きます」

「今度こそ兄の後を追わせてやる! 王位に相応しいのはこの私だ!」


 そう叫ぶなり、セルディク大公は得物を携えてリチャードに襲いかかる。それを受けるような形で戦闘が開始された。
 セルディク大公の剣の腕は、リチャードが言っていたように、想像以上に確かだった。力強く凪いでくる剣閃に、幾度となくアスベルたちはダメージを受けた。
 けれどこちらには、回復を担うシェリアや、援護をするプリムラがいる。さらに数で言えば六対一。いくらセルディク大公が強くとも、結果は目に見えている。
 がつん、という音を立てて、セルディク大公は剣を支えにする。そうしなければ立っていられないほどに、彼は傷を負っていた。


「あとは――僕がやる」


 アスベルたちを制止すると、リチャードはゆっくりとセルディク大公へと歩み寄る。
 こつん、こつん、とリチャードの靴音が、静まり返った玉座の間に木霊した。


「くっ……漸く王位を手にして……これからというときに……」

「玉座は王を選ぶ。貴方は選ばれなかった……それだけのことです」


 セルディク大公の顔を覗き込み、緩やかに冷笑するリチャード。それから徐に剣を抜き、その切っ先は――。
 大公は、自身を貫く剣を驚いたように見つめ、倒れ込む。


「死ぬ前に理解できて良かったですね、叔父上」


 その言葉と共に、鈍い音。一瞬何が起きたのかが分からず――というよりは、理解することを拒んだ、というのが近いだろう――アスベルたちは、立ち呆けていた。
 立て続けにリチャードは、父の分、兵の分、と大公斬りつける。
 堪えかねたプリムラは、リチャードに駆け寄った。


「お願い、リチャード……もう良いでしょう……? やめてあげて、もう、もう……」

「……」


 袖を掴んで振り向かせると、プリムラはそう懇願した。嗚呼もう手遅れだったのだと気付いて涙が出そうになる。
 ゆるゆると潤んだ深緋色の双眸でリチャードを見つめると、やはりあの血のような緋色がギラリと光って見えた。
 彼は無言でプリムラを見つめた。少し間が空いた後、リチャードは言葉を吐く。


「……これで同じ場所で倒れた父の無念も、少しは晴れただろう」


 そう言ってにこり、と笑うリチャード。いつもなら優しいと思えるその表情が、プリムラにはどこか、空恐ろしく感じられた。





(優しいあなたは、もういないの? それは吐き出しかけて霧散した言葉)


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