10-2


 切っ先がアスベルに向けられたまま、暫く沈黙が流れる。プリムラはアスベルの心中を察すると、胸が鈍く痛んだ。
 不意に鈍色の刃が揺らめく。それは、リチャードが呻き声をあげてよろけたためだった。


「……ぐっ、」

「殿下! お休みになられた方がいいのでは?」

「あ、ああ…そうさせてもらうよ、デール」


 顔色の良くないリチャードを気遣うデール。彼の提案に肯くと、リチャードは剣で体勢を直した。彼はデールにこの場を任せて兵を率いると、ここから去ろうとする。
 緋色の瞳でアスベルたちを一瞥して、それからリチャードは今にも泣きそうな表情で立ち竦んでいるプリムラを見つけた。


「プリムラ…君は、来てくれないか?」

「……え? ええ、分かったわ」


 唐突に来るように言われ、一瞬首を傾げたものの、プリムラはゆっくりと肯いた。少女は申し訳なさそうにアスベルに視線を送る。
 そんな少女にアスベルは「リチャードを頼む」と声には出さずに伝えた。
 彼の後ろについて歩き出して階段を降りようとしたとき、デール公がアスベルに何か言う声が聞こえてきた。
 もう一度振り返って見てみると、どうやらデール公は怒っているようで、プリムラにはアスベルが一層悲しそうな表情を浮かべているように見えた。


(アスベル……)

「どうしたんだい? 行くよ」

「……うん」


 アスベルにはやはり申し訳ない気がしたけれど、リチャードに呼ばれた以上――そして傍にいると約束した以上、プリムラは彼の傍にいたいと思うのだ。なぜなら彼は、少女にとってたいせつな友だちなのだから。





     * * *





 小さな部屋。それが今プリムラのいるところだった。ウォールブリッジにしては決して小さくはない――けれど、一国の王子がいるにしてはあまりにも簡素すぎるその部屋に、少女と青年はふたりきりだった。
 王子が眠るというのに、見張りの兵が部屋のなかにいないのは、外に追いやられたためである――それも、リチャード本人の命令により。
 そんな空間に取り残されたプリムラは、不安感半分と気まずさ半分で椅子に座っていた。
 質素な白い布切れに包まれたリチャードは今は穏やかな寝息をたてて眠っている。
 今まで何度も体調を崩していた彼のその表情には、プリムラも少しばかり安堵する。


(……リチャード、)


 シーツに散らばったプラチナブロンドに触れようとして、躊躇う。なんとなく、彼に触れるのに気が引けてしまった。
 彼の身に、なにがあったのだろう? それは考えすぎて、もはや考える気にもなれない疑問だった。磨耗した思考は答えを導き出すことができず、ただ、少女は思うだけ。


(傍に、いる……)


 ――たとえ彼が彼でなくなっても。
 そこでプリムラの思考がはた、と止まる。
 どうして今、私は「彼が彼でなくなる」と思ったの? なにがあっても、リチャードはリチャード……そう思ってる、のに。
 そこまで考えたところで、プリムラの意識は夢のなかへと沈んでいった。


[prev] [next]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -