9-2
「次はここだねー」
そう言いながら、パスカルはウォールブリッジ中央塔を見上げた。
南門を開放するにあたって、その門の操作室の鍵を探す必要があった。そのため、アスベルたちが次にやってきたのがこの中央塔だった。
武器を構えつつ扉を開くが、幸いなことに敵はいない。それでも警戒しつつ、アスベルたちは求めている鍵を探す。しかし。
「! リチャード!」
「ぐあぁっ…!」
プリムラが叫んだときには時すでに遅し。上方から飛び降りてきた兵士の剣がリチャードの身体を裂いた。リチャードは叫び声をあげると身体を仰け反らせて倒れ込んでしまった。
「リチャードっ!」
横たわるリチャードの下に駆け寄るアスベルとプリムラ。呼吸しているものの、決して傷は浅くないように見える。アスベルが「大丈夫かリチャード!」と声をかけるも虚しく、リチャードからの返事はない。
(ひどい、怪我……)
そんなリチャードの様子を見るなり、プリムラが急いで傷を癒やす術をかけよう手を翳した、そのとき。
ドクン…!
リチャードの身体が大きく脈打ち、ゆらり、と起き上がる。その様相にプリムラは形容しがたい不安感に襲われた。
立ち上がって自分を斬りつけた兵士をギラリ、と睨みつけるリチャード。
なにか、ちがう。いつものリチャードじゃ、ない。
彼から滲み出ているのは明確な、殺意。それも、先ほどまで自国の兵を傷つけることがこわいと言っていた彼からは想像もできないほどに。
乱れたプラチナブロンドで隠れた表情はあまりよく見えない。けれど、鋭く光る緋色の瞳と、加虐的な、笑み。
(私は、知ってる……)
あのときと同じ――この間セルディク大公を倒すと彼が言ったときと。
プリムラは、リチャード、と彼の名前を呼ぼうとしたけれど、喉になにか鈍いものが詰まってしまったような感覚がそれを阻む。
ゆらり、ゆらり。一歩一歩、リチャードは自分を斬りつけた兵士との距離を縮めていく。
「下衆が……」
そう言うや否や、リチャードは抜き去った剣を翳して――。ザシュッ、という鈍い音とドサリと兵士が倒れる音。
再び振り上げられる剣に気づき、それからリチャードが何をしようとしているかをアスベルたちは悟った。パスカルは慌ててソフィの目を塞ぎ、自分も目を逸らす。
「貴様の仕出かしたことの報いだ! 思い知るがいい!」
いつもとは明らかに異なるリチャードの様相に、プリムラは恐怖で立ち竦み、ただ痛烈な声をあげるだけ。
「や、やめて…っ!」
「まだだ…こんなものじゃない……僕の受けた痛みはこんなものじゃないぞ!」
その声はリチャードに届くことはなく、次の瞬間、深緋色に映ったのは、剣をこれでもかというほど刺し続けるリチャードの姿。兵士から流れる血が、先ほど垣間見えたリチャードの瞳を想起させる。
プリムラは何もできずに、ただ「お願いだから、やめて…」と深緋色に涙を溜めながら呟くだけだった。
この凄惨な状況をなんとかしなくては、とアスベルはリチャードの下へ駆け寄って彼を羽交い締めた。
「やめるんだリチャード!」
「僕に命令するなぁっ!」
強い語調にアスベルは怯む。けれどその次にリチャードから放たれた言葉は全く正反対のものだった。