11-1
11.ラストソロウ ふわりとした感覚、それから空間が歪む。そして、次の瞬間には中空に投げ出されていた。少女は咄嗟に姿勢を直して、着地する。
辺りを見回すと、先程とはまったく違う光景が視界に広がる。
それを空と似た色のアクアマリンの瞳で一望すると、少女はようやくここがテセアラではないということに納得した。
(ここが……シルヴァラント……?)
広がる木々に静かで長閑な、世界。それが、衰退世界――シルヴァラント。
「うわっ!」
どさり、とした衝撃音とともに着地したロイド。みんなもそれに続き、そして辺りを見回した。
「……ここはどこだ?」
「多分…パルマコスタのはずれ、だわ」
「シルヴァラントですか?」
見たことのない景色に首を傾げるリーガル。リフィルが辺りをざっと見渡してみると、ここが自分たちのよく知る場所であると気付く。コレットが訊ねると、リフィルはゆっくりと頷いた。
「マナの量は増えてるみたいだけど…間違いないよ」
「うひゃ〜。こんな形でこっちに来るとは思ってなかったなぁ……」
マナの量が増えていることに少し喜びながらジーニアスが呟く。続けて、赤い髪をがしがしと掻きながらゼロスはぼやいた。
「しいな、だいじょ…っ」
「ゼロス! どうして邪魔したんだい!」
顔を伏せたままのしいなに気付いて、ステラが声をかけようとしたとき、急に彼女は走り出してゼロスの目の前に立ってそう声を上げる。
きっ、と鋭い視線を寄越すしいなにゼロスはもう一度髪を掻くと、ため息をついた。それから、彼にしては珍しく険しい口調で言葉を吐き出した。
「……あのな〜。おまえだって死にたかった訳じゃねぇだろ?」
「そ、それは……!」
言葉を詰まらせて視線を逸らすしいな。その顔の先にいたのは、あのとき自分を庇ってくれた少女。ステラは今にも泣きそうな顔でしいなを見つめていた。
「……ステラ」
「私ね、しいなが関係ないって私に言ったとき、なんかすごく……胸が痛かったの」
「……」
「これが、悲しいっていうことなんだと思う。私、しいながいなくなるの、すごく、悲しい……だから、」
「ごめんよ……」
悲しさで顔を歪めるステラに、何と言うべきかが分からず、しいなはただただ「ごめん」と謝るばかりだった。ゼロスはそんなふたりを見て、もう一度溜め息を吐いてから言葉を続ける。
「第一、おまえが死のうが死ぬまいがあいつらは俺たちを狙ってきたはずだ。教皇の命令ならな」
「くちなわが教皇とつるんでるっていうのかい?」
ゼロスの言葉は即ちくちなわが教皇と手を組んでいることを示していた。しいなは信じられないという表情をしていたが、リフィルが一緒にいた刺客が教皇の手の者だろうということを告げると、しいなも信じざるをえなかった。
「しいな、無茶しちゃダメだよ。私と同じ間違いはしちゃダメ……自分を犠牲にしてもいいことはないよ」
心配そうに言うコレットの言葉にロイドが「そういうこと」と笑いかける。いずれにせよ、しいなが犠牲にならずに良かったとロイドたちは思うのだ。
「ゼロスとステラにお礼を言えよ、しいな」
ロイドに促されて、少し気まずそうにしながら、しいなは感謝の言葉を紡ぐ。
「ありが、とう…」
「なーになーに、キスの一つや二つをくれてもばちは当たらないぜ〜」
茶化すようににかりと笑ってゼロスは言う。それに対して、プレセアは「ゼロスくん…最低です…」と冷たい一言を浴びせたので、ゼロスはしおらしく意気消沈した。
(……?)
その様子を間近で見ていたステラは、彼の表情がその一瞬だけ曇ったのを見逃さなかった。けれど、すぐにいつもの彼に戻ったので、そこまで気にもとめることはしなかった。時折ゼロスはそういった表情を浮かべる人間なのかな、と少女は不思議に思うのだった。
それゆえ、何となくではあるが、ステラは彼に形容しにくい感情が芽生え始めているのかもしれなかった。アクアマリンの双眸をゼロスに向けていると、案の定というかなんというか彼はいつもの笑みを浮かべた。
「なーに、ステラちゃん、そんな不思議そうな顔しちゃって」
「…ううん? なんでも、ないよ?」
いつもの彼の笑顔に安堵して、ステラもふわりと笑った。