8-1
(…また、真っ白な世界)
目覚める前も、自分は確かにここにいた。ふわふわと曖昧な世界で、確固たるものは何一つなかった。けれど。
「君の名前は…ステラ、なんてどうかな?」
はっきり聞こえるこの声が、誰のものであるかがちゃんと分かっていることだけが違う。
(…嬉しい、けど…ちがう)
嬉しいという感情は覚えている。確かに自分は嬉しいと感じたのだから。
「…ちがう、いや、」
その先は思い出したくない、そう思うのは、やはり彼の言葉のせいなのだろうか? 彼? それは誰のことだったか。
白濁にまみれた意識は拒絶を繰り返しながら覚醒へと誘われていく。
「…そう。でも、君にはまだ、記憶は返せないから」
懐かしい声は急に遠くへ消えて、それが誰のものだったかすら曖昧になっていく。
08.フラットゾーン 目が覚めると、ステラは見知らぬベッドの上だった。
(あれ、…私また)
どうなったのだろう、と周りを見渡すけれど誰もいない。誰もいないことに不安を感じて、ステラは表現しにくい恐怖を覚える。
かちゃり、と扉の開く音がしてそちらに目をやると、共に旅をしていた仲間の姿が少女の目に映る。それがとても大切なことなのだと思うと、ステラは嬉しさで瞳が潤んだ。
「気がついたのね、ステラ…あら、どうしたのかしら?」
ゆるゆると潤むアクアマリンの双眸を見つけると、リフィルは優しく微笑む。それはまるで母親のような笑顔だ、とステラは感じた。彼女の表情に安堵すると、少女は近寄る彼女の服にぎゅ、と抱きついた。
「…あらあら」
リフィルが呆れたように、けれど少し嬉しそうな表情をしていると、続々と部屋の中に人が入る。ロイドたちだ。
「起きたのか、ステラ…って、何やってんだ?」
リフィルに、ひしとしがみつく少女を見ると、ロイドは呆れた顔で首を傾げる。ステラはロイドにそう言われて初めて自分が何をしているのかに気づいて、急に恥ずかしさを覚えた。
「あ、なっ何でもないの!」
ステラは顔を朱色に染めながら慌てて手を離す。
「そうだ…ここ、どこ…?」
辺りをきょろきょろと見渡して、思い出したようにステラは訊ねる。
「ここはアルテスタさんの家だよ。今日は泊めてもらうことになったんだ」
しいなが説明する。以前、彼の家に来たときには入らなかった部屋なのだろう。よくよく窓の外などを見ると確かにアルテスタの家のようだ。けれどなぜ彼の家にいるのか、とステラはしいなに訊ねると、先程ロイドたちが聞いていた話を一通り教えてくれた。