12-4
現れたのは、ボータとその部下。一人で処理するリフィルを見て、ボータは「我々が引き受けようぞ」と声をかけた。それから、正面の扉を指差して続ける。
「お前たちはそこの地上ゲートから外に出て脱出するのだ」
「ボータ! 無事だったのか!」
「そんなことは後でいい。早く外に出ろ、お前たちがいては足でまといだ」
「…わかった」
ボータに急かされ、ロイドたちは地上ゲートから外へと向かった。
(ボータ、さん…?)
なんとなく彼の今の言動に引っ掛かりを覚えてステラは疑問を抱いたが、その理由は外に出てようやく気づいた。ロイドたちがゲートを出ると、出入り口が音を立てて閉まってしまった。驚いたロイドがガラス張りの室内を覗くと、必死に処理するボータと部下、それから――足元に広がる海水。
「大変だ! あそこのドアを開けてやらないと!」
ロイドが慌ててゲートに駆け寄り、ジーニアスとともにこじ開けようとする。しかし扉は固く閉ざされていて開く気配がない。リーガルがガラスを蹴るも、びくともしない。
「ボータたちだわ! 水が来ることを知っていてわざと鍵をかけたのよ!」
「どうしてですか!」
「扉が開けば、ここにも水が押し寄せてくる」
絶海牧場は天井がドーム状になっているため、水の逃げ場がないのだという。リフィルの言葉で、自分たちを助けるためにこんなことをしているのだと、みんなは気づいた。
「そんなのだめ! なんとかできないの?」
瞳をうるませてコレットが叫ぶ。ロイドは「くそっ、なんとかできないのかよ」と扉を蹴飛ばした。焦っているロイドたちを余所に、ボータの落ち着いた声が聞こえてくる。
「自爆装置は停止させた…我々の役目は大いなる実りへマナを注ぐために各地の牧場の魔導炉を改造すること」
後ろから溢れてくる水も気にせず、ボータは「それもこの管制室での作業をもって終了する」と告げた。部下も落ち着いた姿で後ろに控えていた。
「お前たちには、我々が成功したことをユアン様に伝えてもらわねばならない」
「…そんなことボータさんが言えば良いじゃない!」
ガラスに駆け寄ってステラは叫んだ。気づけばボータの腰まで水が増えてきている。ステラは必死にガラスを長銃で叩くがなかなか割れない。
「真の意味で世界再生の成功を祈っている」
(強がってるだけ、そんなの…)
「ユアン様のためにも、マーテル様を眠りに就かせてあげてくれ…」
ステラの目には、ボータの僅かに震えた拳が見て取れた。怖くないわけ、ないのだ。そう思うと、少女は余計に力を込めてガラスに長銃をぶつける。
「ステラさん、その気持ちだけで十分だ」
「いや…! 私にとっての世界は、私とロイドたちと、ボータさんも…だから、」
ゆっくりと首を振るボータに、ステラは聞かないと言わんばかりに首を振り返した。
少女には記憶がない。だからこそ、彼女の周りの人間はみんな彼女にとって世界そのものなのだ。真っ白だったあのとき、助けてくれたロイドたち。記憶がない自分に今を大事にするように励ましてくれた――ボータ。どれか一人でも欠けたら、ステラにとって世界が崩れるのも同じことだった。だから。
「絶対に、助ける…!」
アクアマリンをきっと鋭くさせ、長銃を掴む。
(――ちからを、ください)
瞳を閉じて、ステラは集中した。少女の魔力は決して高くなく、むしろ弱い方である。それゆえ長銃という増幅器を利用することでマナの力を引き出しているのだ。それを今、少女は無視しようとしていた。
「姉さん、ステラのマナが…!」
「ステラ、何をする気なの…?!」
最初に異変に気づいたのは、マナの察知に長けているジーニアス。膨大に膨れ上がる少女のマナにリフィルは驚いた。そもそも、本来使える量を大幅に超えてマナを練り上げるということはそれ相応の対価があるのである。何をする気にせよ、危険なことは明らかだった。
それと同じくして声をあげたのはプレセア。
「みなさん、後ろを…!」
後ろ側の檻の扉が外れてしまったらしく、飼われていた飛竜が放たれてしまっていた。ロイドたちはとにかく飛竜を相手取らなくてはならなくなり、武器を構えた。
「ステラちゃ…」
俯きマナを紡ぐ少女の腕をゼロスが掴もうとすると、ばちんと弾かれてしまった。体の周りにも練り上げたマナがまとわりついているらしい。驚いてサファイアブルーの双眸を見開くゼロスの耳に言葉が聞こえた。
「――天空を統べる覇者よ、」
(詠唱…?)
ゼロスが耳にしたことのない呪文だった。そもそも少女に術が使えたことに驚きだった。よく目を凝らすと、少女の左太ももに装備されている翡翠色のエクスフィアが煌々と輝いている。不思議な光をしていた。
「その使徒を以て、全ての者に朱き鉄槌を下せ」
(ボータさんを、助けなきゃ…)
ステラは長銃を上へと向けてマナを装填した。