11-5
「…ステラちゃん」
沈黙を破ったのはゼロス。それは、いつもと違う沈黙の破り方だった。普段であれば、気まずいと茶化すような口調で空気を割るように声を上げる。けれど今に限っては、真面目な声音だった。
相変わらず俯くステラにゼロスは深く息を吐くと、ロイドたちに向き直った。
「悪いんだけど、少し待っててくれねぇか?」
「あ、ああ…」
「準備ができたら声をかけてくれればいい」
ロイドは困惑しつつも頷くと、待っているボータもロイドに声をかけた。
ゼロスはもう一度「ステラちゃん」と名前を呼ぶと、腕を引いて林の奥に入っていった。後方でしいなが疑問符を浮かべていることが想像できたが、とりあえず気にしないことにした。
繋いだ手は少し冷たくて、相当ショックだったんだなとゼロスは感じた。
「ステラちゃん?」
「…」
少し奥まったところまでやって来ると、二人は立ち止まった。それからもう一度名前を呼んでみるけれど相変わらず少女は俯いたまま。
「焦りなさんなって」
静かな声でゼロスが告げると、少女の「…だって」という震えた声が返ってくる。それをきっかけに、少女が顔を上げると、堰が壊れたかのようにアクアマリンから涙が溢れ出した。静かな泣き方だった。声を出さずに、ただ涙だけが落ちてくる。
いくら戦闘で強くても、気丈に振舞っていても、記憶がなくても、やはり年相応の心と感情を持っているのだなとゼロスは思う。いつもふわりと笑う、おっとりとした少女がここで、今、泣いている。
「だって、私の記憶の手がかりだったのに、少しでも、早く記憶が戻ったら良かったのにって、だって、ゼロスくんも、記憶戻ったかって訊いたじゃない…だから、」
「分かった、分かったって」
声というよりは音に近い少女の声音。あやすように、ゼロスは背中をさすることしかできなかった。
本当は記憶がないままで、普通にいられるはずがないのだ。あまりにも普通に過ごしていたから誰も気づかなかっただけで、彼女は彼女なりに焦っていたし、手がかりがあったらどうしてもほしかったのだろう。
「でもな、ステラちゃん?」
「な、に?」
「ステラちゃんがもし、クルシスだったら、俺たちとは一緒にいられなくなるだろ? 最悪、俺たちは戦わなきゃならなくなる。で、レネゲードでも、やっぱり戻らなきゃならなくなるだろ?」
ゼロスの話を、少し赤くなった瞳を丸くさせながらステラは聞いていた。小さく「うん」と頷きながら、ステラはゼロスを見つめた。
「だからさ、俺さまとしては…」
その先を言いあぐねていると、ステラに同じ言葉を反芻される。
「ゼロスくんとしては?」
「あーもー…こういうときってなかなか言えねぇなー!」
「?」
「いーの、いーの、本当に、できればこのままがいいってこと」
どういうことかよく分からないといった表情をする少女に、ゼロスは説明をする。アクアマリンが無垢を湛えてこちらを見ていると、どうも気まずくなる。
「このままってのは、ステラちゃんがレネゲードでも、クルシスでもなくて、今のままで一緒にいられることな!」
「……うん」
「いいお返事だこと」
未だに少女の目は赤いようだったが、少しは自分の説得が功を奏したようで、少し元気になったようだった。そんな少女の姿を見て、ゼロスは一安心した。
「じゃあ、ロイドたちのとこに戻ろうか」
「うん!」
ゼロスはステラと一緒に、先ほど来た道を戻っていった。
(このままでなんて、そんなワガママ)