8-5
ステラは夜の闇が部屋を支配しても、眠ることができないでいた。それは、先程のゼロスの言動が頭の中で妙に引っかかっているから。
(どうして…あんなこと…)
なぜ自分の記憶を彼が気にしているのか、そしてどうしてそれを取り戻さないことで彼が喜ぶのか。
(…分から、ない)
彼に関することは何もかもが、少女には全く分からない。普段とは違う微笑みだとか、悲しげな瞳だとか、その意味が。ぐるぐると同じところを回っているような少女の思考は、ひとつの物音に遮られた。
かたん、という小さな音。それから闇の中で蠢く何か。誰、と思わず発した声はその暗黒の中に響いて消える。
「…起こしてしまったわね」
「先生…? どうしたんですか?」
ステラは優しい声に、安堵の息を吐く。しかし彼女の質問に対する返事はない。不思議に思ってもう一度訊ねると、ステラは少しだけ冷たい掌が自分の目を覆ったのを感じた。
「何でもないのよ…眠れないだけ。ステラ、あなたもでしょう?」
闇夜より暗い視界の中でリフィルの声が聞こえる。ステラは静かに「…はい」と頷いた。
「…さ、もう夜も遅いのだから眠ってしまいなさい」
そう言われると、今まで冴えていたステラであったが、不思議と微睡み始める。母親というものは、このような手をしているのだろうな、とステラは眠りに引き摺られていく意識の中で、ふと思った。
リフィルの手が離れたときには既に、少女は夢の中へと落ちていた。
* * *
射し込む朝日の眩しさで、ステラは目を覚ました。夜更けから間もないのだろうが、よく眠れていた気がする。
「ん…あれ…?」
ステラはぐっ、と腕を伸ばして部屋を見渡すと、リフィルの姿が見当たらないことに気づく。不思議に思って、横で寝息をたてているしいなに声をかける。
「しいな、しいな!」
「ん…なんだい? ステラにしちゃあ随分と早起きだねぇ」
「もう! 私だって起きる日は起きるの…って、そうじゃなくて! 先生、知らない?」
少女の異様な慌てぶりに違和感を感じて、しいなががばりと身を起こす。家の中を探してみたが、確かにリフィルの姿が見当たらない。
「おかしいねぇ…」
しいなが呟くと、異変に気づいたのかコレットとプレセアも起き上がってどうしたのかとふたりに訊ねる。
「リフィル先生が…いないみたいなの」
少女はそう答えると、急いで外へと駆け出した。
(どうして気づけなかったんだろう)