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「思い出して…ないの」
眉尻を下げて微笑むステラに、ゼロスは思わず怒鳴ってしまったことを改めて少し反省した。依然として怯えて僅かにくすんで見える少女のアクアマリンの瞳がゼロスを見つめる。
「あ、でも…眠っていたとき、ね…ぜんぶ思い出した気がしたの」
「…気がした?」
首をひねるゼロスに小さく頷いて、ステラが話を続ける。
「うん…なんて言えばいいのかな…」
「とにかく、ステラちゃんはまだ記憶を取り戻してはいないんだな?」
ゼロスが、事態を表現しかねているステラに問うと、彼女はこくりと頷いた。それを確認すると、ゼロスは自分の髪をぐしゃぐしゃと無造作に掻いて「よかったぁ〜」と安堵の言葉を吐いた。
彼のその安堵の理由も分からないため、ステラは再び首を傾げた。何がよかったのだろう、自分の記憶が何だというのか。ステラは余計に訳が分からなくなる。
「でも…どうして?」
「それは…その、」
「ふたりとも、夕食だぞ!」
話すことを躊躇していたゼロスの声を覆い隠すように、ロイドの声がふたりの間に響いた。ゼロスは助かったと言いたげな顔をしてロイドの元へと歩き出す。
「おっ、俺さまお腹空いちゃったぜ〜。話はまた今度な、ステラちゃん」
「えっでも…」
まだ納得していない様子のステラをおいてゼロスはアルテスタの家へと戻っていってしまう。
ステラが伸ばした手は、ゼロスに届くことはなく、虚しく宙を掻く。それから少し、もやもやとした気持ちが少女の中に募ったのを感じたのだが、それは心の内に抑え込んでおくことにする。
交互にふたりをきょろきょろと眺めながら、ロイドも訳が分からない、といった表情を浮かべた。
「何か、あったのか?」
「…ううん、何でもないよ。…たぶん」
「たぶん?」
「さっ、夕食でしょ? 私もお腹、空いちゃった」
ステラは怪訝そうな顔で立っているロイドに、へらりと笑って誤魔化すと、すたすたとアルテスタの家へと歩き出す。いつものふたりらしくない、とロイドは何となくだが、そう思った。
「どうしたんだ? ふたりとも…」
夕暮れの平原に、ロイドひとりがぽつんと残されていた。