8-3
暮れなずむ夕陽が、カーテンの合間から溢れて緋色の欠片が部屋に散らばっている。そろそろ時間だ、とステラは微睡んだ瞳を外へ向けた。それから身を起こすと、寝室の扉を開く。
「あ、ステラ! もう大丈夫?」
「…うん、心配かけて…ごめんなさい」
ひょこりと寝室から顔を出しているステラに気づいたコレットがにこりと笑いかける。ステラはかけられた言葉に返事をすると、ゼロスの居場所を問うた。
「えっと…さっき外に出て行ったよ?」
「ありがとう、コレット」
玄関を指差しながらコレットがそう伝える。ステラはふわりとした微笑みを浮かべて謝意を述べた。それからコレットが示した通り、ステラは外へと向かうことにした。
そんな少女の背を、リフィルは怪訝そうに眺めていた。
(なんなのかしら…)
ゼロスの行動の意図するところ、言葉の真意が全く掴めない。ひとりの記憶喪失の少女に妙に固執したその態度。彼は何かを隠しているのかもしれない。リフィルはそう思うのだが、他の気掛かりなことがそれを頭の隅へと排してしまう。
いずれにせよ。
(……異界の扉)
それが自分の中で重要なキーワードとしてリフレインしていた。
* * *
少女が扉を開くと、視界は全て咽せかえるような緋色で埋め尽くされた。海面に反射した夕陽が拡散して、一面をこの色にしているようだ。ただひとつだけ黒い影となってステラの瞳に映るのは、ゼロス。
「…ゼロス、くん?」
「待ってたぜ」
名前を呼ぶと身を翻してこちらを向くゼロス。彼の髪がゆらりと風に靡いて、赤色がぎらりと光る。
「どうしたの、急に…?」
呼び出された訳が分からなくてステラは首を傾げる。ゼロスが辺りをきょろきょろと見渡してから、ひとつの質問を少女に投げた。
「記憶、戻ってない?」
「なんで…そんなこと、」
「記憶は戻ってないかって訊いてんの!」
ステラの言葉を遮ってゼロスが声を上げる。その声の大きさと彼の表情に、驚きというよりは恐怖でステラの体がびくりと跳ねた。
彼女は恐怖しているのだ、と悟ったゼロスが「…悪い」と視線を落とすと、目の前の少女はゆっくりと首を横に振った。
「でも、本当に…本当のことを言ってくれ。何か、思い出しているんじゃないの?」
真っ直ぐなサファイアブルーの双眸がステラを射抜く。ああこれだ、とステラは思う。真っ直ぐなのに、どこか悲しさを含んだこの瞳は、あのときと同じ。彼が雪を見つめていたときと。