殺したくないから殺してくれ。それは、彼女の望みだった。
「わた、し…もう我慢できなくなる」
目の前の彼女はか細い声でそう鳴いた。震える睫毛の先端から、透明で冷たい――とても冷えた水が伝っていた。あれは涙なのだ、と判断がつくのに時間がかかったのは、恐らくその温度の所為なのだろう、とヒューバートは頭の端で思う。
「このままじゃ、わたし…」
ヒューバートを殺してしまう。そんな彼女の言葉を、どうしても現実味のもったものとして思えなかったのは、彼女自身が非現実的な存在だからだろうか。けれどそんなことはヒューバートにはどうでもよかった。
「殺したくないの、だから」
せめてあなたの手でわたしを殺して、と彼女はもう一度懇願する。震えた彼女の手がヒューバートの肩を抱く。やはり体温というものは感じられない。
かちゃり、とヒューバートは双剣に手を添えた。彼女は望んでいる、望んでいる。自分の手なら喜んでその死を再び受け入れると言う。
再び死ぬ? それは彼女は今生きていることを暗に示しているのではないだろうかと考える。摩耗した思考回路は上手く機能しない。彼女は死んだ? 生きている?
双剣を鞘から抜いて彼女の心臓の辺りに切っ先を突きつけた。
震えているのはどちらなのだろう、とヒューバートはふと思う。答えはどちらかなんかではなくて――二人ともなのだ。死ぬのも殺すのも生きるのも、またどれを選択するのかも空恐ろしく思える。(殺してくれ、なんて)
「そんなこと…できるわけ、ないじゃないですか」
からん、と虚しく双剣が落ちる音が――どこか遠くで――聞こえた。
彼女は悲しそうに、ありがとう、ごめんなさい、と告げた。
「できることなら、僕も、」
言いかけて口を噤む。ヒューバートは首を振ると、彼女の後頭部を――まるで彼女の牙を自ら招くように――抱き寄せた。
(死にたいと願う彼女は、確かに生きている。だから、殺すなんてできなかった。)
▽
ヒューバートは何かとツメが甘そうだなーとか、私の勝手な妄想です。サーセン/(^o^)\
でもって微妙に屍鬼を読んで思ったことが反映されてたり。