魘されるその額に手を添える勇気なんてない
( 10/07/30 00:43 :小咄)

 真っ白い部屋。純白の布にくるまる白髪の青年――彼の名は、白蘭。ミルフィオーレファミリーを総括する、ボス。そんな彼が今は一枚の布切れの中で魘されている。

「白蘭、さま……」

 くるしそうに呻く白蘭を見つめながら小さな声で呟いたのは、冬花。自分には何もできないのだろうか、なんて寂しさが脳裏を過ぎっては、それを苦し紛れに打ち消す。その痛みを分け与えてくれればいいのに、そうしたらわたしだって役にたてるのに。そう冬花は思う。
 そしてそれは無意識として、まるで誘われるように、冬花は腕を伸ばした――彼の、熱を帯びた額に。けれどそれは一歩手前で遮られてしまう――彼の譫言によって。

「ユ、ニ…ちゃ……」

「!」

 彼のこの苦しみはすべて、その少女を己が手中に収めるためのもの。呟かれたその名に、冬花はびくりと腕を痙攣させた。中途半端に腕を引っ込めたまま、それきり、彼女は動くことができなかった。

(どうして、)

 そこまで心酔するのだろう。自分の手を煩わせてまで逃げようとするその少女を、なぜ、彼は求めるのだろう。

(わたしなら、逃げないのに、)

 自分ならここにいて、ずっと彼のもとにいるのに、なぜ、と。

「冬花ちゃん……なに、してるんだい?」

「し、失礼しました…わたし…!」

 夢から醒めたのか、はっきりとした呂律で紡がれた白蘭の言葉に、冬花は差し出したまま宙を彷徨う腕を引っ込める。こちらに向けられた、少しだけ緩んだ彼の薄い双眸が、切ない、なんて。

「待って、くれる……?」

「……?」

 ゆっくりと形作るように紡がれた白蘭の言葉に、冬花は首を傾げる。すると彼の手が、白い布切れから伸ばされ、それから力無くくたり、と垂れた。

「手を、」

 短く切られた言葉。けれど冬花には抗うことなどできない、言葉。言われるままに、彼女は手をゆっくりと差し出す。

「……ずっと、いてくれたのかい?」

「……」

 にこり、と弱々しく笑う白蘭。冬花は頷くこともできず、ただただ、俯くだけで。けれどもし、ここで素直に頷けたならば、あるいは――。
 できもしない仮定は単なる無意味で無益だけれど、もしそうしていたならば、を考えずにはいられなかった。頷いたら、白蘭は自分に何を言うのだろうか、どうしてくれるのだろうか、と。

「ありがとう……ごめんね」

 不意に聞こえた言葉に、冬花は耳を疑った。今、確かに。
 その謝罪の言葉は何が為だったのだろうか、と。ボスである白蘭に対し、付きっきりの看病をすることは、部下である冬花にとっては当然のこと。ならば――。

(わたしは、ずっと、)



(その謝罪の言葉の意味など、訊けるはずもなかった)

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