A
仕方ないじゃないか。
学生時代は名字呼びで定着していたし別段違和感を感じなかった。
でも心の中では家族と同じ名字でなく、個人の名前を呼んで貰うことをあんなに望んでいた癖に。いざ呼ばれてみれば、これだ。
めんどくせー、頭の中で高尾に笑われたような気がした。
午前中の仕事をあらかた終えて、天気のいい日は病院の中庭でおしるこを啜るのは緑間の日課だった。
今日も今日とて散歩中の患者たちを眺めながらおしるこを啜っている。
別のベンチに座っている仲睦まじい老夫婦が見えた。
揃って隣に座り手を握っている様はとても微笑ましい。
素直に羨ましいと思った。自分もあれくらい自分に実直になれたら@@は喜ぶんだろうか?むしろああでないと、長く一緒にいることは出来ないんだろうか。
「(いつまで一緒にいられるか)」
先に死なれるのは嫌だ。いやでも残していくのも嫌だ。
その前に愛想つかされたらそれきりか。
再び緑間の肩に黒い圧力がのし掛かった。
お通夜真っ最中のような顔に通りかかった車椅子の患者と看護婦がぎょっとしながら横切っていく。
暗い考えを振り払おうとおしるこの缶を再び煽った。
…粒がでてこない。
「(そういえば)」
@@がこのおしるこを飲むと必ずといっていいほど粒と餅が底面に張り付いてしまってしゃらくせえ!と思いきり底を叩いては勢いがよすぎて粒が喉の奥に飛び込み噎せ返る。思い出して少し笑った。
「緑間先生一人で笑ってるー!」
「ヘンタイだーー!!」
「……人聞きの悪いことはやめるのだよ」
「「なのだよー!!」」
「…」
男女の子供二人組が緑間を指差してきゃっきゃとはしゃぐだけはしゃいでまた走ってどこかへ行ってしまう。@@のことになると無意識にやらかしてしまうからいけない。緑間は眼鏡を取って目頭を押さえつけた。
すぐ側の景色さえ霞んで見える視界を矯正するため、再度緑間は眼鏡をかけようとしたのだがふと思い止まった。
『いざ@@の顔を見ると言葉が出ないだけで』
「………これか」