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それからまた一週間。紫原の味覚は全く戻らず何を食べてもおいしく感じなくてストレスは溜まる一方だった。しかも@@からの連絡も一切合切なし。泣くのも飽きた。
「アツシ、テレビ見なくていいのかい?君の幼馴染みが出るって言ってたじゃないか」
「いい、見ない」
昨日、@@が所属しているチームが試合をしたらしい。
師匠が録画をしていてくれていたようだが、見る気にならない。
サッカーだけに夢中になっている恋人なんて見たら多分荒れる。
「無理はしないようにな。一応これ、録画したものだ」
「……うん」
師匠は優しい人で、紫原が治るまでいつまでも待とうと言ってくれているがその優しさも素直に受け取れない。
DVDだけ受け取って、 紫原は自室に引っ込んだ。
……なんかイライラしてきた。
なんでこんなに悶々としなければいけないんだろうか。
一言くれさえすれば元気になる自信があるのに、飛んで帰って抱き締めて充電して、それで終わるのに。
手元のDVDを振りかぶった。こんなもん叩き割ってやる。
「……」
しかし意識とは裏腹に憎い右腕はプレーヤーにDVDを挿入していた。
俺のばかちん。
薄暗い部屋で再生される騒がしいグラウンドの様子。
選手が一人一人入場していく様を目を皿のようにして@@を探す。
見つけたら思いっきり野次ってやる。
「負けちゃえばいいのに」
@@がいるチームに限ってそれはなさそうだが。
…あれ
探せども探せども@@が見当たらない。知らない選手ばかりだ。
実況が「エースが見当たりませんね」と言った。このチームのエースといったら@@一人。それに紫原はうんいないと思わず返してしまう。
まさか何かあったんじゃ、と余計な思考がよぎって紫原は携帯を手に取る。ダイヤルしかけて…携帯を投げた。知らんもう。
しかしなんというタイミング。携帯がベッドに落ちた瞬間、着信がきた。
無我夢中で飛び付いて、画面に表示されているであろう@@の名前を覗きこんだが表示されていたのは予想だにしない名前だった。
「なんで黄瀬ちんなわけ!!!」
《えっ第一声で怒られてる俺!!ていうかうるさっ》
「なんか用…!!俺今忙しいんだけど…!!」
《な、なんで怒ってんスか紫原っち…》
「なんだっていいじゃん!だから何!」
まごうことなき黄瀬。黄瀬である。このタイミングで。
黄瀬は落ち着いてほしいッス!と必死に紫原を宥めた。
《俺今フランスにいるんスよ》
「だから何。暇じゃないし遊ばないから」
《俺だって仕事中っスよ…って、俺じゃなくて》
黄瀬は今航空会社でパイロットの職に就いている。
よく近く来たからー!と会いに来たりするが今はとてもそんな気分にはなれない。
《もう着く頃かと思うんスけど、紫原っちの方から言っといてほしいんスよ》
「何を」
《大っ変だったんスからね!チケット取るの!俺があとで上から怒られるっス…》
「意味わかんないんだけど」
黄瀬の話には主語が足らない。一体何がどうして紫原に何をしろというのか。ただでさえ苛ついていたのに黄瀬のよくわからない話を聞いていたら更にむかっ腹が立ってきた。
「もう切るから」
《ま、待って!あの人方向音痴だから迷ってる可能性あると思って…!怒ってるってことはまだ着いてない?》
「だからさあ!何が!」
《@@っちっスよ!!》
時が止まったような気がした。
紫原が黙った途端、黄瀬のあちゃーというぼやきや後ろの空港のアナウンスがよく聞こえるようになる。
@@が?どこに?
「だって、@@…試合…」
流しっぱなしのテレビ画面には出場選手の一覧が出ていた。
@@の名前は何処にもない。
「@@選手は病欠です」