「何だよ話って」
「………」
「つーかお前何?風邪でも引いたわけ?」
「わかって言ってんだろお前!」

いつものマジバに呼び出された花宮は、ニヤニヤしながら前に座る@@を見ている。
がなる@@の顔半分は大きなマスクで覆われている。もちろん、花宮は@@の言う通りその理由を知っていた。
無遠慮に@@のマスクを引っ張り、素顔を見た彼はハッ、と心底楽しそうに鼻で笑った。

「立派な吸血歯じゃねえか」
「ふふふざけんなてめー!!」

白いマスクの下、@@の半開きの唇から覗く細長く鋭い牙。間違いなく、花宮が持つそれと同じ「吸血鬼」の証である。

「昨日から歯茎痒くてしょうがなくて今日起きたらこれだぞ!誤魔化すの大変だったんだからな!通り魔に関わってたのもバレたし!あ、でもお前じゃないっていうのは証明されたか…?」
「めでてえなそりゃ。人外決定オメデトウ」
「え…?え?嘘でしょ…?俺ホントに吸血鬼なの…?」
「吸血鬼に噛まれたらそうなるに決まってんだろ」
「噛んだのォ!?」
「お前昨日気絶したろ。無様に、頭ぶつけて」
「あ、れは……事故……」
「感謝しろよ。傷治してやったんだから」

@@は昨日ぶつけた筈の額を押さえた。傷など跡形もなく、目覚めた直後には痛みも何もなかった。確かに疑問であったが、吸血鬼にされたのなら合点はいく。
吸血鬼や狼男という種類は異様に血小板と白血球の数が多く、傷の治るスピードが人間の5倍はあるとされるからだ。

じゃあやっぱりもう自分は吸血鬼。
@@が真っ青な顔で白目を剥いた処で、花宮は盛大に吹き出した。

「バァーカ!噛んでなるならとっくの昔になってるよ」
「………は?」
「お前に最初会ったとき指噛んだろ」
「…………あ」

その跡も今や完全に消えているが、最初のごたごたで穴が開くほど強く噛まれたことを今思い出す。

「そもそも吸血っつーのは仲間増やすためじゃなくて、栄養補給のための手段だ。ほんとに仲間にすんなら自分の血飲ませんだよ。まあ俺は血筋薄いし、そうやってもなる確率は五分ってとこだな」
「じゃあこの歯なんだよ!!」
「一時的なもんだ。使ったのは血より薄い体液だし、長く続かねえ。血もお前は吸う必要ねえよ」
「へーそう……体液?今体液つった?待って体液?どこからでたやつ?」
「おい服破れる。掴むな」

一瞬胸を撫で下ろしたのに、聞き捨てならない単語を耳にして@@は花宮の胸ぐらを掴んだ。



話は昨日の、@@が気絶した直後まで遡る。
自殺願望者二人をしばらく鏡なんか直視できないレベルでボコボコにしてやったあとだ。こんなバカどもすぐ側の川に投げ込んでやってもよかったが、なんとか踏みとどまり@@の身を起こす。
出血が思ったより多い。かなり強く打ち付けたらしい。止血できそうなものもなく、花宮は大きく舌打ちした。
先程より心なしか顔が青白いような。むしろ頭を打ったなら脳に影響がないとも言いきれない。

「………バカが」


興奮が治まりきらず、伸びきった歯をこぼしながら花宮は@@の額の傷に自らの舌を伸ばした。鼻腔を突き抜ける血の香り、温かく生臭い@@の血液は非常に甘かった。
初め@@の血を口にしたときはこんなこと思わなかった。自分の中に芽生えた余計な感情がそう思わせるのは痛いほどにわかっている。


(欲しい)

このまま@@の傷を広げて、枯れるほど自分の血をたっぷり流し込めば劵族になることも可能なんじゃないだろうか、こいつとなら暗闇の中で二人生きていくのも悪くない。


(なんて、)


出来たら楽だよな。
馬鹿げた夢のようなことを考える自分に自嘲混じりに向けてため息をつき、@@の米神に滴る血を舐め取った。傷口はもう塞がり始めている。唾液でもなんとかなるものだ。
それを見下ろしながら、ここで素直に引き下がる自分自身に花宮は我がことながら感心していた。
一生分の気遣いと我慢を全てこの男に費やしている気がすると思った。

この、花宮真ともあろう男が。



「ちょっと聞いてんの!!」
「全然」
「聞いてんじゃねーかこのオタマロ野郎」
「死にてーのか」
「生きてえんだよ!これ!ほんとに元に戻るんだろうな!」
「……まあ最悪のケースが起きても面倒くらい見てやるよ」
「何で最悪から考えんだよ!」



そのとき突然、テーブルの上に置いてあったスマホから誰しも聞いたことのある宇宙的な戦争テーマのダースうんちゃらのテーマが高らかに鳴り響いた。着信のようだ。画面の名前を見て、花宮が顔を歪めた。

「おい…出なくていいのかそれ」
「出てもヤバイし…出なくてもヤバイ」

着信は粘りに粘る。延々と流れる威圧感のあるテーマソング。意を決し、@@はそうっと通話のボタンを押して耳に機体を押し当てた。


「お、おかけになった電話番号は現在使われておりましぇん……」
《いつものマジバか。そこから絶対に動くな》
「なな、なんっ!なんで!?なんでわかんの!?」
《最近随分と逃げられたからね。GPSを入れさせてもらったよ》
「じっ、ジーピーエス……」
《今学校を出たところだ。だから…おいお前たち、顔が近い。電話しているのは僕だ》

後ろから聞きなれた声がいくつもする。赤司の口ぶりからするに、全員が赤司のスマホに耳をそばだててでもするんだろうか。見た目は滑稽だが、想像できるほど@@には余裕がなかった。



「こうすりゃいいだろ」



汗をだらだら流す@@にかわって花宮がスマホを奪い取り、通話を遮断。そのまま電源を落とし@@に投げ返した。


「お、お前ーーーーっ!!何してんだ!!」
「GPSなんか電源切っちまえばわかんねえんだよ。そのまま逃げりゃいいだろうが」
「あ、そ、そうなの……」
「おら、行くぞ」
「どこに!」
「知るか」

これから先に不安しかない@@とは打って変わって、花宮は妙に晴れやかな気分だった。
正面から突破しようとは思わない。だったら横から勝手に奪っていけば良い。自分側に引きずり込むのはそれからだって遅くない。


「はーぁ……何で俺ばっかこんな目に…」
「強いて言うなら、お前が@@だからじゃね」
「こーんなに平凡なのに!清く正しく生きてるのに!」
「何が平凡。お前は人間の枠じゃあ勿体ねえよ」
「はあ?なにそれ」
「……そのうち教えてやる」



奪う美学
(僕からの電話を切るなんていい度胸だ)
(赤ちん顔こわ)
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