「見ろよこれ…記事超ちっさい。もっと俺は見出し一面にドカンと事件解決を打ってほしかったね」
「ハンッ、"切れる高校生あわや大惨事"がいいとこだな」
「誰だその高校生。あ、花宮か…」
「お前だよバァーーッカ!!」

小さく新聞の片隅に載った『猟奇的通り魔逮捕へ』という文字を指で弾き@@はシェイクのストローを歯がゆそうにかじった。
二人だけの祝勝会はここ学校帰りの学生で賑わういつものマジバで行われていた。二人の最終目標犯人逮捕が達成された今、花宮は放課後を男子生徒用ブレザーで過ごすことを許されている。


「俺の名前どころか花宮の名前もないけど」
「匿名で通報したんだから当たり前だろ」
「何で名前言わなかったんだよ!なんか謝礼とか、金一封とかあったんじゃねーのこれ!」
「バカか!!女装したまま名前なんか言えるか!」
「くっそー名案がこんなとこで裏目に出るとは…」


何が名案か。花宮は五回くらい舌打ちをした。
@@のいいように遊ばれた気しかしないし、他の女が襲われているところに出くわすなら男のままのほうが何かと都合がよかっただろう。
こちとら助けたはずの女に変態とまで罵られたのだ。慰謝料を@@に請求したっていいくらいのはず。

@@はあーあ、とぼやいて広げていた新聞を雑に丸め、テーブルに放り出した。


「まーでも、これで事件解決だし特別捜査隊もこれにて解散だな」
「…ケッ、清々するわ。お前に振り回されて俺の貴重な放課後がかなり無駄になったし」
「花宮、何でそんな手ブルブルしてんの?」
「さ、さみいんだよ!冷房効きすぎお前ちょっと店員に言ってこい!」
「俺別に寒くないからやーだ」


店内の空調ははっきりいって調度いいのでいじってもらう必要はない。
花宮真は非常に動揺していた。更年期でもそこまで震えないだろうというくらいに手を震わせるものだから、持ったケースからぼろぼろポテトがこぼれ落ちていく。
こぼれたポテトをひょいひょいと拾い上げて自分の口に持っていく@@を見ながら花宮は必死に言葉を探す。


「(か、解散が何だ。別にそれっきりで終わるわけじゃねーし。こいつがどうしてもって言うならこの先もつるんでやったっていいわけだ)」
「俺の思い付きに付き合っていただきアリガトーゴザイマシターとか言っとくべき?最後だし」
「何でだテメーーッッ!!!」
「え、やだ何怒ってんの」


妙な出会いから始まった学年の違う二人を繋いでいたのはこの事件の他ならない。解決したならお払い箱か俺は、と@@を怒鳴り付けてやりたい花宮だが自分ばかり執着していると思い込む己のプライドがそれを許さない。一言、@@がこれからもよろしく的なことを言えば乗ってやるというのに何故言わない!


「俺の素直なお礼の何が不服なんだコラーッ!!」
「素直になる場所が違ぇだろうが!」
「にゃにをー!!ていうか俺はいつだって素直だろうが!」
「自分にな!!」
「よくわかってらっしゃる!」


いつのまにか二人は立ち上がり身を乗り出して言い合っていた。
突き刺さる周りの視線にたしなめられた二人は無言のままゆっくり席につき直す。平静を取り持つために@@はシェイクのストローに口をつけたが、中身はもうなく余計な苛立ちを募らせただけだった。


「とりあえず、もうこれっきりだし。もう花宮にはメーワクかけねえよ」
「…当たり前だ」
「部活も休みまくったし、そろそろやばい。つーわけで明日からは俺もお前もいつも通り!オーケー?」
「……うっせーな、わかってるよ」
「あっそ、ならいいわ」


自分の鞄をひッ掴み、@@が席から立ち上がる。
伸びてきた手は握手でもなんでもなくトレーに残った花宮のポテトを鷲掴んでいくだけ。どんな場面でも食い意地は忘れない。

言えよ、なんか言えよ、この際@@からじゃなくても、あるじゃないかなんでも。これからも遊んでやるよとでも、勉強くらい教えてやってもいいでも、なんでも。


「んじゃーね花宮センパイ」


とうとう、花宮の口から@@を引き留める言葉が発されることはなかった。








「え?@@?何言ってるんだ花宮、いつもと変わらないよ。俺のangelってことは」
「頭沸いてんなマジで」
「いつでも@@への愛はオーバーヒートしてるけど何か?」


何か?じゃない。異論がないと思っているんだろうかこの泣き黒子野郎は。チャームポイント引きちぎってモブに成り下げてやりたいくらいだが、自分の比較的身近な人物で@@に近いのは同じクラスの氷室のみ。@@の近況を聞くために花宮は必死に自分を押さえつけた。


「最近部活を休みがちだったみたいだけど、今はちゃんと顔を出してるし。何か病気か怪我でもしたのかと思って白衣持参で検診に行くところだったよ」
「思い止まったことだけは誉めてやるよ」
「え?白衣ならロッカーに入ってるけど」
「しれっと言ってんじゃねーよ!っていうか、俺が聞きたいのはそういうんじゃなくて…もっと…こう…」


奇妙な関係が終わってもう早三日。暇さえあれば顔を出していた@@の足取りはぱったりと止み、今や花宮に会いに来る命知らずな一年生の噂もなりを潜めてしまっていた。
本当に捜索のためだけの関係だったのかと、一抹の寂しさをぬぐいきれずにいる。だからこそ、@@が少しでもどこかで花宮を気にする素振りを見せていたら!仕方ないから!こっちから行ってやろうと思っているのに!

「ええ?後?あとは…最近モン●ンに嵌まってて時間が足りないって」
「俺の存在はゲーム以下かあの野郎ォオ!!」
「何でそこで花宮が出てくるんだ?そういえばこの前@@が花宮に会いに来てたとかそういう話を聞いたんだけど@@にちょっかいかけたりしてないだろうね?悪童だかなんだか知らないけど悪戯が過ぎるとどうなるかわかってるよな、花宮」


笑顔で胸ぐらを締め上げてくるこいつのほうがよっぽど悪どい。


「うるせえてめえに関係ねえだろうが、バァーッカ!!」


怯みはしたが決して負けてはいない。花宮は己に言い聞かせ氷室の腕を振り払ってその場から逃げ出した。敗走なんかじゃない、戦略的撤退だ。ちくしょう。









「(明日から、また来なくていいか)」


授業なんか受けなくても最低限出席していれば試験を突破することは屁でもない。部活だって暇潰し程度に在籍していたくらいだしだったらもう来る必要性を感じない。

『まあまず無理だから。今更そういう顔すんのやめてね。疲れるでしょ』

知らず知らずのうちに日常に浸透していた@@という存在がとても恨めしくて、悔しかった。行動を起こさなかったのは自分なのに。



「うるせええええ!!!俺は行かねえぞ!!」


びくりと花宮は肩を跳ねさせ、今の今まで頭のなかで反濁していた声がした方向に顔を向けた。
ギャンギャン野犬のように吠えたて何かから逃げようとしている男につい花宮は駆け寄っていこうとしたが、打ち合わせでもしていたかのように素早く彼を囲んだカラフルな面々を見て体を強張らせる。

「我儘を言うな、@@」
「我儘って、俺はバスケ部じゃないの。自分の部活に行こうとして何が悪ぃんだおい」
「赤司がそう言うんだ、従っておくのが吉なのだよ@@」
「そうだそうだ〜@@最近付き合い悪すぎだし〜今日くらい遊んでよー」
「つーわけでお前今日部活終わったら飯付き合えよ、@@の奢りな」
「ふざけんな」


両脇を緑間と青峰に固められ、背後では紫原が退路を塞ぎ、前には赤司が仁王立ちという鉄壁のフォーメーションを前に@@は成す術もなくその場で地団駄を踏んでいる。

「嫌だー!嫌だァー!!」
「大丈夫ですよ、奢りと言っても実際お金を出すのは黄瀬くんですから」
「えっ!?そこで俺!?いや@@っちに貢ぐのは構わないんスけど!他の人は自分で払ってよ!」
「うーん黄瀬の奢りか…」


まんまと釣られてんじゃねえよ!!
花宮は心の中で怒鳴ったがその叫びも声に出さなければ意味を成さないわけで。
三日前のやり取りと同じように花宮は自ら動くことができずただただ@@が七人に連れられていくのを眺めているだけ。
@@が言った通り、今の状況は元々の「いつも通り」に戻っただけなのだ。花宮が一人きりなのも、@@がキセキの世代と共にいるのも前に戻っただけ。変化なんて1つもない。花宮の心情だけがおいてけぼりになっているだけ。


「バカが…!!」


キセキたちに囲まれて呑気にしている@@を罵ったというよりも、動けずにいる自分が腹立たしくてそんな声がつい漏れた。
花宮真という少年はここしばらくで充分に変わっていたのだろう。
たった一言、@@を引き留める言葉が紡げないのはその変化を認めていないからだ。

先程よりも歯がゆい感情を持て余し花宮は@@に背を向け地を蹴った。



その感情を意識しないまま花宮はその日を終えたが、翌朝朝刊に小さく載った記事に彼は胸を踊らせることになる。

「吸血鬼通り魔再発、模倣犯か」



蜘蛛の糸で首を絞める


(これで取り返せる)
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