なんだか胸の動悸が激しい。胃をキリキリ締め付けられるような痛みを感じて花宮はか細いため息をついた。さっき食べてしまったクレープのくどい甘さに当たったのだろうか、でも、この全身に突き刺さるような、重くのし掛かるようなプレッシャーは一体。


「どした花宮。生理?」
「お前俺が生物学上男だってことわかってるよな?いい加減にしろよ」
「だって腹押さえてっから。具合悪いなら帰んべ」
「今日まだ何もしてねえだろうが…何でクレープ食って帰らなきゃならねえんだ」
「無理さしても意味なんかねえからな」


ふらつく花宮の肩を@@が自然な動作で支え必然的に二人の距離は更に近くなる。ズキィ!と痛みが増したような気がしたが、斜め上から除き込む@@の顔が妙に魅惑的に見えて花宮の思考が停止した。

あれ、こ、こいつ…こんなに綺麗な顔してたっけ…


至近距離でまじまじと顔を眺めたことはなかった気がする。
動悸は激しくなる一方だ。見つめ続けていることが苦しくて堪らず花宮は顔を反らすが、@@に顎を掴まれ抵抗虚しく再び視線は前へ。

「顔真っ青で気持ち悪いぞお前。やっぱ帰るか」


まさか。まさか…この動悸も、息苦しさも


「返事がねえ。ただの麿眉のようだ」



もしかしてこれってこi



「やあ、奇遇だね@@。こんな、ところで、会うなんて」





「ホァアアァアアアアアア!!!?」



花宮の裏返った悲鳴が町中にこだました。


@@の肩に白く長い指がずるりと不気味な音を立てて這い上がってきたではないか。その動きはまるで絡み付く蛇のような動きであった。
ひっ!と@@も小さく悲鳴を上げたが、恐怖感は花宮の比ではないだろう。何せ花宮は真っ正面から野生の獣も泣いて逃げ出すような赤と金の目を見てしまったのだから。



「あっ、あああ赤司!!何でいんの!」


反射的に@@は花宮を背後に隠すように庇った。
歯の根が合わず、かちかちと唇を戦慄かせる花宮はその背に必死にしがみついて顔を隠した。


赤司は笑顔だ。そりゃもう満面の。


「水臭いじゃないか…交際している女性がいるなんて、何で教えてくれなかったんだい?僕とお前の仲なのに」
「ほ、ほら!俺ってば秘密主義者だから、あの」
「ほう、僕らの気持ちを知っていながらお前は影でそれを嘲笑っていたわけだ」
「ぼ…僕ら…?」


赤司の背後に視線を遣れば、黒い炎を背負ったお馴染みの五人がそれぞれ怒っていたり泣いていたりこれ以上ない無表情を貫いていたりで@@は言葉を失った。
浮気がバレた旦那の心境とはこういうものなのだろうか、一瞬そんな考えがよぎったが自分は浮気なんて一切していない。



「つ、尾けてたのかお前ら……」
「見守ってただけですよ。その人が君に見合うかどうか」
「そうなのだよ。…別に俺は、@@がそれで幸せなら…それで…それでっ…っ…!」
「あー!泣かしたー!@@っちが緑間っち泣かしウェエエ」
「お前のが泣いてんじゃねーか!!」



さめざめと泣き出す緑間とぎゃん泣きする黄瀬に違うから落ち着けと弁解しにいきたいのは山々だが、下手に動くと花宮の正体がバレてしまう。
頭の中でどうする俺!とライフカードを並べてみたがカードは真っ白だ。打つ手無し。


「僕は君が誰と付き合っていても構いませんよ、@@くん」
「黒子…!お前やっぱりまとも、」


「最近略奪愛をテーマにした本を読んだんです。燃えるじゃないですか、そういうの」


燃やされる。



この場に健常者を求めるだけ無駄だったようだ。
賑わう町中でここだけまるで異空間のように空気が違う。野次馬精神旺盛な通行人がチラチラ見物しようとするが、赤司がカッと目を見開いて睨むとものすごい早さで逃げていく。やがて誰もが見ちゃダメだ見ちゃダメだと自身に暗示をかけながら足早に去っていくようになった。


「ひどいよ、@@」
「あ、敦…」
「昔は俺と結婚するとか言ってた癖に。浮気者」
「いつの話をしてんだよ」
「何股かけるつもりだてめえ、俺と一緒に死ぬとか言ってただろ」
「あれは青峰が化け物になるかならないかが前提であってあああああお前らめんどくせえええええ!!!…おい!」



逃げろ、と@@が前を見据えたまま花宮に小声で言った。
このままここで押し問答を続けていても花宮が不利になるだけだ。


「いいか、絶対振り返るなよ。絶対だからな」
「ば、バカッ!お前はどうすんだよ!」
「生きて帰る…絶対だ」


かっこつけてるどお前それ死亡フラグってやつだ…

花宮は喉まででかかった言葉をなんとか飲み込み、一度ぎゅっと目を瞑ると形振り構わず踵を返して駆け出した。


逃げたぞ!!なんて追っ手の声が聞こえたが、花宮は誰にも捕まらなかった。かわりに、@@の叫びがかすかに聴こえた。だけ。









「ゼェッ、ゼェッ…!!こ、ここまで来れば…!!」


乱れたウィッグをかきあげて花宮は振り返ってみた。
必死に走っていたら町の外れまで来てしまったが、化け物軍団は追いかけてこなかった。

安堵のため息をつき、花宮は申し訳程度に合掌した。
尊い犠牲となった@@に。
頭の中で死んでねえよ殺すぞ、と@@が怒っている。


「どこだここ…」


大通りから外れた閑静な住宅街。見覚えはないし、とにかく必死で走ってきたので帰るのに苦労しそうだった。
地図出すか、と花宮が携帯を取り出した時金切り声が聴こえた。
女性の声で「やめて!」という叫びとバタバタ物音がする。

携帯をしまい、早足で音源の方へ向かってみれば黒ずくめの男に押し倒された女性が奪われまいと必死にバッグを抱えてもみくちゃになっていた。





「いいから寄越っ」


男の唸るような声は最後まで聞こえなかった。
一迅の風の如く男の背後から現れた影が強烈なソバットをかまして男を横に吹っ飛ばしたのだ。ラフプレーで鍛えた手加減の無さのおかげで、男は一発にしてアスファルトの上に伸びきった。



「おい、アンタ」
「キャァアアアアアア!!!変態ィイイイーー!!!」
「ちょ、待て誰がだバァカ!!これは仕方なく…礼くらい言えよクソアマァアア!!!」


暴漢に襲われ助かったと思いきや結構体格のいい男が女装しているのを真っ正面から見たら怯えにも拍車がかかるってもんである。
女性はヒールを片方ほっぽって死に物狂いで逃げていった。
やりきれない気持ちで女性の去っていった方向を睨んでいたが、舌打ちをして思考を切り替えた花宮はのした男の胸ぐらを掴み上げて顔を見た。


「……こいつ」



男の口には安っぽいギザギザした付け歯があった。




お手柄まこちゃん


(おい、俺だけど。なんか犯人捕まえたっぽい)
(…はなみや…俺よごされちゃった…)
(は?何言って…もしもし?おいもしもし!?)



何されたかはご想像にお任せ。
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