濡れ羽色の髪を夜風に靡かせながら彼は夜の街を歩いていた。
今日も学校へは行かず一人辺りをぶらついていたらいつの間にか日が暮れて今に至る。昼間のような喧騒のない夜の町の方がやっぱり居心地がいい。
今日も家には帰らないでいい、夜闇にまぎれていたほうが落ち着くし。

たまたま見つけた自販機で何か買うかとポケットを漁ったとき、彼の背後に何かが思いきりぶつかった。


「ってぇな…どこ見て歩いてんだよ」
「ひっ…!!」
「おい!!…くそ、なんなわけ?」


顔は見えなかったが自分と同じくらいの背格好の男、だったと思う。
こちらを見るなりみっともない悲鳴をあげて足をもつれさせながら走り去っていった。謝れくそが、と小さく呟いてまたポケットに手を突っ込んだのだが、そのとき静かな闇を獣のような咆哮が引き裂いた。


「…は?」
「見つけたぞてめえええ!!!」


見知らぬ男が阿修羅のような形相でこちら目掛けて走ってくる。
ひくり、と彼の特徴的な短い眉がひきつった。
完璧にこちらに狙いを定めている。矢のような殺意がここへ降り注いでいる。
咄嗟に身を引いた。


ガッシャァアアアアン!!!!

避けなければ、どうなっていたことか。
今の今まで自分がいた位置、ちょうど自販機の前。
というか、自販機に男の腕が突き刺さっている。突き刺さっているのだ。
ガラスを突き破り鉄の機体をひしゃげさせたいせいで中の電気がショートして点滅を繰り返しやがて消えた。

「殺す」
「ハァ!?」


腕を引き抜きぎろりとこちらを睨む男は一言だけ言ってまた腕を振り上げた
とても人間業とは思えない速度で繰り出される拳、蹴り。末恐ろしい空を切る音が耳元でなったときはさすがの彼もいっ!と小さく悲鳴をあげた。

「なっ…なん、なんだよお前!」
「ああ!?それはこっちの台詞だタコ!!俺になんの恨みがあんだ!ああ!?」
「それこそこっちの台詞だ!」
「うるせえこの吸血鬼!!」


彼は男の言葉に凍り付いた。

なんで、知ってる



無遠慮に男は彼の顔を両手で掴み頬を伸ばして異様に長く生えた八重歯を引っ張ってきた。


「この!吸血歯で!俺の貴重な血液持ってったな!」
「あがっ…!!ぐ…!」
「俺は献血はしねえ派だ!いてえからな!返せ俺の血!」


意味がわからない。全てにおいて。

意図不明な物言いに彼の堪忍袋の尾も切れる。
歯をぐいぐい引っ張ってくる指になりふり構わず噛み付いた。


「いっでえ!」
「ぺっ!ってぇな…!!このクソッタレ…!」


久々に口にした血液に体が喜んでいるのがわかったが、この男の血で喜ぶのは癪すぎてそのまま道に吐き出した。
小さく穴の空いた男の指。流れる血を見て男はぎりりと歯を噛んだ。


「もう絶対許さん。サツにつきだしてやろうかと思ったけどサツじゃ生温い…俺が断罪してやる…」
「だからさあ!なんなわけお前!いきなり襲いかかってきやがってバカなんじゃねえの?ていうか変態!サツにつきだされるのはお前だよバァーーーーーッカ!!」
「ああ!?仕掛けてきたのはそっちだろ!ここ!噛んだじゃん!」


男はがなりながら首もとの真新しい傷を見せてくる。確かに歯形がついているが、自分のとは全くの別物だ。噛み方が汚い。


「しらねえよ!」
「なんでだよ!」
「見ず知らずの奴噛むほど俺は落ちぶれてねえんだよバカが!大体噛んだら死ぬまで血搾り取るに決まってんだろ!」
「え、そうなの?」
「そうだよ…!!!」


男はあれれ…?と明後日の方向を向きながら口許に手を当てる。


「えっと…人違い…吸血鬼違いダッタカナー」
「……」
「これにて御免!!」
「待てよ」


片手をシュタ!と上げて脱走しようとした男の肩を掴み有らん限りの力で握りしめた。
青い顔でひきつっていく男の表情に対し、彼の顔は深く深く笑みを刻んでいく。


「タダで帰すわけねえだろ」


この顔こそが、悪童花宮真の本質である。










「だぁーかぁーらぁーごめんって言ってんじゃん」
「それが謝る態度かよ。もっと地べたに額擦り付けて心の底から詫びろ」
「はいはいすんませーん」
「謝る気ねえだろ」
「イッタタタ!耳引っ張んな!」


壊れた自販機の前では誰かに見つかったときいいわけがしづらい、と二人は少し離れた公園に移動していた。人気のない場所で言い合っているとそれこそ補導されそうだが、今のところ警察などが現れる気配はない。

花宮は心底イライラしていた。見に覚えのない罪を問われ好き勝手口を荒らされたのにこの男からは申し訳なさとか謝罪の念だとかが微塵も伝わってこない。


恨みをこめて耳を更に引っ張ると男は悲鳴をあげて無理矢理手を振り払い怒鳴ってきた。

「仕方ねえじゃん!まさかこの短時間で二人も吸血鬼会うとか思わねえもん!」
「それとこれとは話が別!謝れバカ!!バーカバーカ!」
「うるっせーーー!!バカって言ったほうがバカなんだよバーカ!!バカ吸血鬼!」
「つーかさぁ!あれ吸血鬼じゃねえよ!あんなのと一緒にすんな!」
「え、まじでか」


男は目をぱちくりさせている。


「お前さ、吸血鬼とか知ってるくせに妖気はわかんねえの?」
「いやわかるけど…ちょっとムカついてて感知するの忘れてたっていうかぁ…」
「マジで、バッカじゃねーの」
「でも歯生えてたんだもんギザギザのやつ」

とてつもない侮蔑の意を瞳にたたえ、花宮は男を睨む。
証明のために少し唇を持ち上げ、男によく見ろと歯を見せた。

「これが本物」
「あーーー…言われてみれば違うな…」


前歯はまるっきり人間のものと同じだが、犬歯にあたる場所だけが細く長い。蛇の歯によく似ていた。一方、彼の記憶にあるあの不審者に生えていた歯は均一にギザギザと尖っていて、それで噛まれたものだから首の傷口は噛みあとというか切り傷に近い。

「マジで頭悪いお前」
「なんだとこの麿眉野郎」
「殺すぞオラ」
「あーもーわかったってはいはい俺が悪かったから怖い顔すんなよ」
「ホントに悪いと思ってんのかよ…」
「思ってるって。お詫びしてやっからさーえーと名前なんだっけ」
「………」
「麿眉くんね。トマトジュース買ってあげるから許せよ」
「花宮だよ!!花宮真!あとトマトジュースなんか好きじゃねえ!」


ええそうなの!?とやたら驚くこの男は吸血鬼を一体何だと思っているのか。花宮が名前を吐き捨てるように言うとお返しとばかりに男は@@と名乗った。皮肉ながらも花宮はその名前でぴんときてしまう。キセキ世代とか言われて浮わついてるバカどもと一緒にいる奴じゃねえか、と。


「よりによって同じ学校かよくそ…」
「へえーお前帝光だったのふーん知らなかった」
「知ってなくて当然だろ。俺二年なんだから」
「……………ん?二年?」
「二年」


@@は花宮を見下ろした。
花宮の身長は179センチ。@@は188センチ。約10センチの差。
見上げてくる麿眉を見て、つい@@はフッと吹き出してしまった。


殴られた。


血まみれの花
(殴るこたねえだろ!!)
(でかいのがそんな偉いか)
2
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