夢を 見た
敦の貘を祓ってから、俺は毎日夢を見る。
祓ったといっても貘を俺の体に乗り移らせただけだから完璧に祓ったわけじゃない。
でも他の人間に比べ、俺は取り憑かれることに耐性がある。貘は俺の中で勝手に暴れ、そのうち勝手に力尽きる。それまで我慢すればいいこと。
でも毎晩悪夢見るっていうのも良い気持ちなもんじゃない。夜毎魘されて飛び起きて快眠なんてあったもんじゃない。
でも学校には行く。家にずっといても夢を見るだけだ。
「お、おい@@!」
「@@っち!?」
それが祟ったか、俺は体育の授業中についにダウンした。
夢の内容は毎回同じ。
俺は海の底みたいに真っ暗な場所に沈んでて回りから腐った手が伸びてくる。俺の体は一切動かなくて、手はゆっくりゆっくり俺の四肢をもいでいくのだ。とんでもない痛みを感じて俺は叫ぶが喉から出るのは大量の気泡だけ。全部もがれて頭だけになっても俺の意識は何故か生きていて。
しかし、俺はこれが夢であることに気づいているので精神がイカれてしまうことはない。
耐えていれば、終わる。
その瞬間、俺は目もえぐり出されて真っ暗になって終了。
のはずなんだが今日は違った。
どっかから声がするわけ。何いってるのかはわからない。
次第に視界が開けて頭上に光がさす。アクアリウムの底から見るような綺麗な景色。紫色の空が見えた。
もがれたはずの両手を伸ばすと俺の意識は水面に一気に引き戻された。
「@@!!!」
「……あ、つし」
気づけば薬品のにおいが充満する場所に俺はいた。考えなくてもわかる学校でこんなにおいのするベッドがある場所なんざ限られてくる。
枕元には敦がその巨体を屈めて俺の手を握っていた。
「倒れたって、@@、俺、俺、@@が死んじゃうかと、思って」
瞳にいっぱい涙をためて途切れ途切れに敦は言う。
「ハッハァ!俺がこの程度で死んでたまるか。ちょっと寝不足なだけ、」
「俺のせいなんでしょ」
敦がうつ向いて言った。
「俺がよくなってから、代わりに@@が変」
こいつ変なとこで鋭い。
「バァーッカ、お前関係ねーから」
「嘘」
「うん。嘘」
「やっぱり」
隠したってぎゃあぎゃあ喚くだけだし俺は正直にげろった。曇る敦の顔色。
「返してそれ」
「返すかバカ。俺はお前と出来が違うから大丈夫なんだよ。大体お前、もうあんな目に遇いたくないだろ」
「でも、俺のせいで@@が苦しむのはもっとやだ」
痛いのも苦しいのもいやなくせに。
敦は疑われやすいけど、ほんとはこんなにも優しい。んでバカ。
俺は敦の頭をぐしゃぐしゃに撫でて汗でまみれた顔で笑ってやった。
「俺だってお前が苦しむの見るのはもうやだよ」
この悪夢はもう俺のもんだ。
奴が最後の抵抗でガッツ見せてるだけ。
お前のためなら耐えてやる。
「敦」
「…なーに」
「泣くな」
「泣いてないし!」
じゃあおめーの顔に流れてる液体はなんだ。味噌汁か?
「俺はな、敦」
「…うん」
「もしあのままお前を助けられなかったらって考えるとすげえ怖いわけ」
「うん…」
「だからいいんだ。これはお前を助けた勲章みてえなもんだからな」
「う、ん」
「お前が無事で、よかったよ」
敦の頬に手を伸ばす。手の甲で湿ったそこを撫でると大粒の涙が勢いを増してぼろぼろ落ちてきた。
「ごめ、ん、@@」
「こういう場合は謝るのはちがくねえか」
ぺちん、と添えたままの手で軽く敦の頬を叩く。
敦は下唇を一度きゅっと噛んで、涙ぐんだまま笑った。
「ありが、と」
だいすき
ちゅ、なんて俺にはあんま縁がない音が頭上でした。
余談だが
「え、嘘ぉ!マジすか!?」
「信じられん…」
あれから一週間、@@の具合はだいぶよくなり悪夢はほぼ見ないようになっていた。貘はほぼ力を失い、@@の中で消えつつある。
それを機に、もう隠すこともないと全員が今までの諸事情と正体を明かし紫原も晴れてカオスの仲間入り。本人は「なんで黙ってたのかわかんねえし」とご立腹で@@以外から罰として一人千円以上の菓子を奢らせた。
ある日の昼休み、全員で屋上でお昼にしようという黄瀬の提案により@@がいることから全員が屋上に集結したのだが。
「うっせーぞ黄瀬ー黙るか死ね」
「ひどっ!ていうかそれより紫原っちが!」
「紫原くんがどうかしたんですか?」
購買に行っていた組、@@、青峰、黒子、赤司が一斉に紫原を見る。
「紫原っちがいると力が全然使えないんス」
唸りながら黄瀬が左手で右の手首を握りながら力を込めるがそこからはいつもぱっと出るはずの青白い狐火が出ない。
緑間の呪符も同じで、紫原に攻撃符を張ってみるのだがなんの反応もなくはらりと地面に落ちた。
「はあ?マジかよ。敦なんかしたのか?」
「わかんないけどー…なんか出来たよ」
「すごいじゃないか敦。…確かに、抑制されている感じがするな」
「赤司くんが言うってことは相当なんじゃ……」
全員の視線が再び紫原へ。
紫原は黄瀬をじっと見るとんー…と小さく唸った。
ボボォオ!!!
「おわーーーー!!?」
「あっちゃあぁあ!!!」
突然黄瀬の掌から青白い火柱がたった。まるでバックドラフトのような勢いで爆発したかのように燃え盛り、隣にいた青峰に燃え移る。
コンクリートに燃えた場所を押し付けなんとか消火したが、青峰のセーターは焦げて穴が空いてしまった。
「ばっ、バカヤローーー!!!殺す気かてめぇええ!!!」
「わざとじゃないッス俺のせいじゃイヤーーーッ!!ぶたないで!!」
「今度は何をしたのだよ!?」
「黄瀬ちんが出ないーっていうから頭のなかで出ていいよって言っただけ」
「おいおいどういうこと…」
封じたかと思えば今度は力を逆流させる。
紫原自身もわけがわからないようだったが、赤司が口を挟んだ。
「敦には元々そういう資質があったのかもしれないな」
「資質〜?」
「確か敦は呼び寄せやすい体質だったね」
「おう」
「言い換えればそれは敦の中にある力が膨大であることに結び付く。それに誘われて尋常じゃない量のものが寄ってくるんだろう」
赤司の金の瞳が光った。
「僕が見る限りでは敦の内在している力は@@を越えている」
「えっ嘘」
「@@がうまく力を外に放出するのに対して敦は中に溜め込むタイプなんだろう」
「よくわかんなーい」
「僕の予想だが、今まで敦は今まで力に蓋をしていたんだ。無意識にね。それが貘という霊気の固まりに取り憑かれたことによって蓋が外れた」
「え、つまりどういうこと?」
「紫原が力の使い方を知ったということだ」
緑間の助言でようやく@@は理解した。ついでに青峰も。
「粗削りすぎてマスターするには程遠いが…使いこなせるようになったら僕はともかく、全員敦には勝てないかもしれないな」
「紫原っちすっげー…」
「それって@@の役に立つの?」
「んーまあ立つんじゃねえ?」
そういうと紫原はぱっと顔を明るめ@@に抱きついた。
「じゃ俺頑張るしー」
「おー頼りにするわ」
「皆の力使えなくしちゃえばいいんでしょ?」
ちら、と紫原が横目でカラフルな面子を見やった途端、彼らは全員体を見えない何かに押さえ付けられているような感覚に陥った。
これは一番厄介な敵が増えた、と全員が顔をしかめる。
「今まで俺のこと仲間外れにしてた罰ね。これで@@ともっと一緒にいられるし」
「ていうか敦暑い離れろ」
「えー。俺らちゅーした仲じゃん」
「え?」
「…え?」
「えっ」
「えぇ!?」
「………」
「バカ、おめーあれは不可抗力だ」
「でもしたじゃん」
「大体ちゅーくらいガキのときからやってんだろ」
「あ、そっか。今更か」
「そういうこと」
二人は勝手に自己完結しているが、今しがた放たれたワードはそこにいる全員にとって不吉というか、もはや邪悪だ。
「どういうことだ紫原ァアアア!!」
「峰ちんうるさい」
「ファーストは俺が狙ってたんスよ!!どう見ても未経験の顔じゃないッスか@@っちは!!」
「どんな顔だァ!!!しばき倒されてぇのか!!」
「ならセカンドくらいはないんですか…」
「もう全部敦が持ってったな」
数えたことねえからわかんねえわ。あっけらかんと言って@@はパンを頬張り始める。
「つーか全員うっせーし」
ちらりと紫原が意識してがなる全員を見やれば、体が途端に重たくなる。
頑丈な鎖に巻き取られてその場に縫い止められているような感覚だ。
動かなくなった全員を見て紫原はぺろりと舌を出す。
「これ便利かも〜」
紫色のダークホース
(これで赤ちんとも対等かもね〜)
(この程度で僕を止められると思うなよ敦…)
(あっやっぱ無理っぽい)
(頑張れよ敦!!)
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