現実なんて、もういらない。





「紫原!お前いい加減にしろよ!」


@@が走り去り、赤司がそれを追いかけていったのち真っ先に青峰が紫原へ噛みついていってその胸ぐらを掴んだ。
突然沸いて出たバスケ部のメンバーに紫原は訝しげな目をして、なんでいんの。と呟いた。頭に血が上ってうまいこと返せない青峰はがなるばかりで、かわりに緑間が「今のお前たちは見ていられないからだ」と冷静に紫原の問いに答える。

紫原からしてみれば迷惑極まりない。
一人にしてほしい、何も考えたくない。いいやそれ以前に
誰のせいでこうなったと思っている?と、この場の全員を怒鳴り付けてやりたいくらいだ。
誰にでも聞こえるくらい派手に舌打ちをして、紫原は青峰の手を引き剥がした。


「皆がいけないんじゃん、俺から@@を取ってくから」


「いい気なもんだよね。俺だけ仲間外れにしてさ、みんなでコソコソして」


思い当たる節はある。この数ヵ月で@@と距離を縮めるきっかけになった様々な事件。巻き込むまいと@@が紫原を遠ざけたのは彼なりの配慮であった。しかしそれは何度も続き、訳も知らされず、一番近しいと思っていた幼馴染みが離れていく。その気持ちを紫原以外の者は誰も考えたことはなかった。

幼馴染みの特権も、一緒にいた月日の長ささえ離別するような苦しみに掻き消される。
胸がいたい、頭が痛い。
誰もわかってくれない。


「見てられないっていうなら返して、俺の、@@」


紫原の唇が歪にゆがんだ。



妙な圧迫間が一帯を覆っているような気がして、呼吸がしづらい。
覚束ない足取りでいる紫原を見据え、黒子が口を挟んだ。


「@@くんは物じゃありません」
「そうッスよ!それに紫原っちを仲間外れにしたわけじゃないッス」
「@@はお前と仲直りするっつってたのに、自分から遠ざけてんだろ」
「紫原、まだ遅くないのだよ。ちゃんと@@と話し合え」


うるさい。


「なにも…何も知らないくせに…!!」



うるさい、うるさい、うるさい


頭の中で金属をガンガン打ち鳴らされているような音がする。
音が鳴るたび視界がチカチカして、意識が薄れる。頭を抱えぐしゃぐしゃに髪を掻き毟って紫原は地面に膝をついた。


「おい紫原!」
「様子がおかしい…黄瀬、幻術で紫原を捕縛しろ、眠らせるくらいできるだろう」
「で、出来たらやってるッスよ…」


黄瀬は妙に震える自分の両手を見た。全身がビリビリして力が出せる気がしない。こんな感覚は初めてだった。
加えて黒子と青峰の顔色も悪い。正常でいられているのは緑間だけだった。

「あったまいてぇ…!!」
「体が、重い、です…」
「どういうことなのだよ…!!」



空気の重さは緑間も理解していたが、現実を受け止められない。
黒子たち何かしらの干渉をしているのは恐らく紫原だ。だが彼は間違いなく人間のはず。頭を抱えて蹲る紫原からは何の力も感じにないのに。



「紫原!!」





「……ね、むい」


刹那、ふっと全員の体が軽くなった。今までの圧迫感が嘘のように。
それと同時に紫原の体が地面に前倒しになって、沈黙する。

黄瀬と青峰が足早に駆け寄って紫原を覗き込んでみれば、彼は額に汗を浮かべて青白い顔のまま眠りについていた。

なんだったんだ?と青峰と黄瀬は顔を見合わせて首を傾げる。



「なんだ、今のは」
「緑間くん?」


若干朦朧とする頭を支えて黒子は緑間を見上げる。
神妙な面持ちで、緑間は倒れた紫原をじっと見ていた。


「何かは、わかりませんけど…」
「…黒子、お前は見えたか」
「…?何がですか?」



ほんの一瞬であったが、緑間の目にはあるものが映っていた。
眠い、と紫原が確かに呟いて体が地面に伏せる一瞬前。意識が途切れたときだろう。


「紫原の頭に、靄のようなものが見えたのだよ」



今の今まで何も見えなかったのに、その瞬間だけはハッキリと見えた。

あれは、なんだ?






「帰ったんだ、あいつ」
「はい、保健の先生が車で送ったみたいです」



特にこれといって感情を出さず@@は黒子からの報告に淡々と返した。その後はあまり部活に身が入らず、練習もほどほどに全員が帰り支度をしていた。立ち寄ったバスケ部の部室の空気は少しピリピリしていた。
やたら苛立っている青峰のせいで。


「もうほっとけよ!気にしてるほうがバカらしいっつの!」
「何で青峰がキレてんだよ」
「紫原が我儘すぎんのが悪ィ」
「それが敦だからな。……そういや赤司は?」
「赤司っちならさっき向こうで緑間っちと話してたッス」


緑間はともかく、赤司にはさっきのやり取りの口止めをしておきたくて@@はソワソワしていた。泣いちゃいないが大分情けないところを見せてしまった。落ち着かない@@を見て、目敏い黒子の瞳がキュピーンと光る。


「赤司くんとなにかあったんですか」
「いっ、いやなーんにもないけど…?」
「その割に動揺してるように見えます」
「そ、そうかなぁ〜黒子の気のせいじゃないかなぁ〜」
「またッスか!また赤司っちッスか!何されたの@@っち!!」
「やらしいことか!?」
「食い付くな思春期!!!」



言えよ!とわらわら群がってくる三人を腕をぶんぶん振って遠ざけつつ@@は頭の中でうまい切り抜けかたを検索するが結果0件で万事休す。
じたばたしているうちに何でだか三人は@@の服をひっぺがそうとメチャクチャに引っ張ってくるではないか。


「おいいいい!!何してんだァ!!」
「探せ探せ!跡とか何もついてねえだろうな!!」
「あっ、すいませんボタン取れちゃいました」
「@@っちって脱ぐとすごいタイプだったんスね!」
「おおおおお犯される!!!おい黒子なんで取れたボタンしまってんだ!」


「@@!いるか!!」


勢いよく扉を開けて緑間が入ってきたが、部室内で繰り広げられている摩訶不思議エロティック祭りを視界に入れて眼鏡に皹が入った。
どうした真太郎、と赤司が緑間の脇からひょっこり顔をだし同じようにそれらを見たあと無言で角を伸ばした。


「……」
「あああああ赤司っちなんかしゃべって!怖い!!」
「……(しゃきん…しゃきん…)」
「てててテツ、鋏の音が殺すって聞こえるのは俺だけか」
「偶然ですね、僕も聞こえます」
「どうでもいいけど離せよお前ら…!!」


ようやく解放された@@はくちゃくちゃになったシャツを引っ張り身なりを整えようとしたが足りないボタンが多すぎて事後のような悲惨さを漂わせていた。取れたボタンは恐らくもう彼の制服に戻ってくることはないだろう。

「何か言い残すことはあるかな」
「「「殺さないでください」」」
「却下」




「来い@@、まずいことになったのだよ」
「うん俺今まずいことになってる」
「おおおおお前のことではないのだよ!前を隠せ!」
「無理だよボタンねえもん……」

阿鼻叫喚をBGMに緑間はよく聞け、と切り出した。顔は真面目だが目線がちらちらと垣間見える@@の肌にいってしまうのはご愛敬。



「紫原のことだが」
「…うん」
「あいつはやはり憑かれている」
「…いや、ないだろ。何も見えなかった」
「俺には見えた」



一瞬だけな。と緑間は付け加え紫原が倒れる瞬間のことを話した。


「もや?」
「ああ。それまでは見えなかったがそのときだけは確かに見えた」
「なんだ、それ…?」
「@@、お前は"貘"を知っているか」



バク、と言われて即座に@@の頭に浮かんだのは白黒の外皮に覆われた鼻の長い動物だった。動物園で見たことある、と返せば緑間は違うと即座に答える。


「夢を喰う方の貘だ」
「………あ…」
「赤司と話して思ったのだよ……憶測の域だが、紫原は貘に憑かれているかもしれない」



そこまで言われて、@@の中でも合点がいく。
緑間ほどの知識がなくとも、その情報は@@の中にもあった。


「夢を、喰う。喰って…かわりに悪夢を、見せるやつか」
「普通なら一回悪夢を見せて貘は去るはずなのだよ。…だが、紫原は憑かれやすい、とお前は言ったな」



裏を返せば、憑かれやすいというのは霊と同調しやすいということでもある。たどり着いてしまった結論に、@@の血の気が引いていく。

一度悪夢を見せて去るつもりだった貘が、紫原の中の居心地のよさに気づいて居着いてしまったら?生気を吸って、夢を貪って、膨れ上がっていく巨悪を普通の人間である紫原がいつまでも抱えていられるか?


見えないのは当たり前だった。貘は、夢を見ているときでしか現れない。




「……敦!!!!」



@@はもう、走るしかなかった。




悪夢の尻尾





神話の貘は悪い夢を食べてくれるものですが、このお話では悪い夢を見せるほうになってもらいました。
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