こんなはずじゃなかった。


「なんなんだよそれ…!!お前はそれでいいのか!」
「わかんねえのは@@じゃん」
「何だとてめえ!」


こんなはずじゃ


「そんな@@、だいっきらい」



どうして。




部活の合間を縫い、@@はこっそりと体育館の勝手口から中を覗き込んだ。
そんなに探さずとも紫原の大きな体はすぐに見つかって、久々に見た彼の姿に少し安堵する。こんなに自分ばかり気にしているのがバカらしくなってくるくらい、当たり前にそこにいる。


「(顔真っ青じゃねえか)」


遠目から見てもわかるくらい紫原の顔色は悪い。
赤司が何か言ってベンチの方を指差していた。大方「休んでろ」とでも言われたのだろう。しかし紫原はへらりと笑って緩く首を振っている。


「休めよバカ!休めってば!」
「本人に言えばいいじゃないですか」
「うわっ黒子だ!!」
「うわとか言われると傷つきます」
「ご、ごめん……」


まあいいですけど、今は。と最後の言葉を強調しつつ黒子は@@の隣に並ぶ。赤司から離れた紫原はまた練習を再開させていた。



「あいつ、元気?」
「そう見えますか?」
「見た目だけだとそうは言えねえ」
「……そんなに、心配ですか?」



きゅ、と黒子が@@のシャツの裾を引いた。


「心配っていうかさ、こ、このままじゃ後味悪いじゃん。意味わかんねえまま怒られてもさ……」
「本当は心配で仕方ないくせに」
「ちっげーし!!」


君はとても優しい人ですから、と黒子は少し寂しそうな顔で言う。
しかし憂いを帯びた瞳は徐々に細まっていき恨めしそうに紫原をにらみ始める。


「大体紫原くんは贅沢なんですよ。幼馴染みなんておいしい立場にいるくせに生意気だと思います」
「黒子、顔が怖い」
「なれるなら僕だって@@くんの幼馴染みになりたかったですよ。今からでも遅くないので代わってくれませんかね本当」
「無理かな……」
「僕だったら大事な幼馴染みにそんな顔、させません」


待っててください、と黒子は@@に一言告げてずんずん紫原のほうへ向かっていく。
ずるいうらやましいと呪文のようにぶつくさ呟きながら。

紫原は黄瀬とパスの練習をしていて、黄瀬は黒子を視界に入れた途端背負った影の濃さに怯え、ひえっと小さく悲鳴をあげてボールを取り落とした。


「なーに、黒ちん。じゃまー」
「お客さんが来てますよ」
「誰それー………あ、」


無言のまま黒子が指差した先にはバツの悪そうな顔で視線をさ迷わせている@@がいた。
普段の紫原なら言われるまでもなく@@を見つけて練習なんてほっぽって一目散に駆けて言って百キロ近い体重でのし掛かっていくくせに今日はといえば自分は何も見なかった、とでも言いたげにふい、と視線を外した。


「ブガイシャは入れちゃいけないって赤ちん言ってたし」
「@@くんが部外者なわけがないでしょうが。ひっぱたきますよ」
「俺知らないもん」
「……ああそうですか。そうですか。わかりました、いいんですね?」
「何がだし」


一触即発の不穏な空気に、黄瀬は落ち着いてよと割って入ろうかと思いはしたが如何せん黒子が怖い。一般ピーポーの紫原には見えていないのだろうが、黄瀬にははっきりとそりゃもうくっきりと見えているのだ。黒子のオーラが。すでに僕ァ切れていますよ、と漆黒が語っている。


「では今日いまこの瞬間から@@くんの幼馴染みは僕です」

男らしく、黒子は親指でズビシと自分を指す。


「はあ!?」
「黒子っち、なんかやたら話が飛躍して…つか俺もなりたいんスけどそれ!」
「枠は一つです。引っ込んでてください黄瀬くん」
「バカじゃねーの。なれるわけねーじゃん」
「なれますよ。本人たちがそう思ってしまえばそれで済むことですから」



黒子の目は一切笑っていなかった。だが口許は微かに笑みを作っている。



「要らないでしょう。君の思い通りにならない幼馴染みなんて」
「……ちがう」
「要らないでしょう?仲直りする見込みがないなら余計」
「……言って、ねーし」
「もう、いいじゃないですか。僕にください」


「…いらないなんて言ってねえって言ってるだろ!!」


紫原が怒鳴り上げて強く体育館の床を足で鳴らした。
音と声にコート内の数名が振り返って紫原を見た。
乱暴に黒子を押し退けて紫原は大股で@@へ歩み寄っていく。



「……敦」
「……」
「ちょっと、面貸せよ」


久しく見ていなかった幼馴染みの顔を、@@も紫原も真っ向から見据えることはできなかった。









裏庭は、体育館から出てほんの少し歩いたところにある。
そこに着いてからもお互い暫くは何も話さなかった。

生温い風が、その場にいる7人の肌を撫でた。
もう一度言おう。7人だ。

二人の死角になる茂みの影から微かにかさりと音が鳴った。


「あいつカンペなしで大丈夫なのかよ」
「今日は用意していないのだよ」
「しかしテツヤもなかなえげつない焚き付け方をするね」
「心にもないことは一言も言ってません」
「わー…やっぱあれ本音だったんスねー…」


部活は?と第三者がいたら迷いなく言ったろうが、ここにそんな野暮なことを言う輩は一人としていない。カラフルな出張デバガメ隊は漏れなく両手に葉のついた枝を持ちカムフラージュしつつ成り行きを見守っていた。
巧妙に隠れられているのは黒子と色が似ている緑間くらいなものだ。


「世話が焼けるのだよまったく」
「じゃーお前帰れや」
「断る」
「シッ、大輝、真太郎黙れ。何か話し出した」
「見えないッス!青峰っちもうちょい屈んで!」
「黄瀬くん喧しいです」
「涼太うるさいぞ」
「黙るのだよ黄瀬」
「俺はこれ以上屈まねえ」
「……」




「だからさァ、怒ってんなら訳話せよって言ってんの」
「別に怒ってないし」
「ならその嫌そうな顔やめろよ」
「元からこういう顔だし」
「おっまえ……」


両者一歩も譲らず。見ている側がやきもきしてくる会話だ。
あーはいはい、と@@は呆れたような声を出して後ろ頭をガリガリ掻く。


「謝ればいいんだろ、それで満足かよ」
「……」
「俺が悪かったんなら謝るから、そういう態度やめろよ」
「…全然、わかってねえじゃん」
「あ?」


@@は十分譲歩したつもりだった。青峰の助言どおりとりあえず謝ってみたのに紫原の顔色は晴れない。むしろどんどん暗くなっていく。


「謝ってほしいなんて言ってない。俺は、@@に戻ってきてほしいだけ」
「戻るってどこにだよ」
「それがわかんねえのがダメだって言ってんの」
「訳わかんねえってば!ちゃんと話せよ!」
「訳わかんねえのは@@のほうだよ。知らない間に、@@はどんどん俺の知らない所に行こうと、するから」


言葉を発する度に紫原の顔色が悪くなっていく。
その場でふらつき、両手で顔を覆った。


「おい、敦お前」
「もうやだ、こっちの@@なんて嫌い」
「は…」
「俺のことわかってくれない…置いてこうとする、なんで、俺の言うこと聞いてくんないの」


@@は体から血の気が引いていくような感覚を覚えた。
色々引っ掛かるワードがあったが気に止めるのが難しいほど、ショックだった。


「なんだよそれ、意味わかんねえ」
「向こうの@@はもっと優しいのに。思い通り、なのに、こんなのやだ、きらい」
「っ…!ちゃんと言えよ!何が嫌なんだよ!」



痺れを切らせた@@が紫原に掴みかかる。
流血沙汰になりかねない@@の剣幕を見てさすがにまずいと判断したデバガメ隊がわたわたと立ち上がった。





「なんなんだよそれ…!!お前はそれでいいのか!」
「わかんねえのは@@じゃん」
「何だとてめえ!」


顔を覆っていた紫原の両手を無理矢理剥がして@@は正面からやっと顔を見た。
無気力で、冷たい瞳。幼馴染みだと慕ってくれた優しい瞳の色は見る影もなくて、@@は目を見開いた。


「そんな@@、だいっきらい」








「@@!待て!」


紫原の腕を投げ捨てるように放って、@@は脱兎のごとく裏庭から逃げていた。それを追いかけたのは赤司で、他のメンバーには紫原を任せてある。
すり抜けようとする背中を必死に追いかけ、なんとか腕を掴んだときには息が上がっていた。


「…っ、@@」
「…ごめん、赤司…」
「何がだ」
「せっかく練習、付き合ってくれたのに」


あんま参考にはなんなかったけどな、と軽口を叩く@@の声は震えていた。
突き放されることの恐ろしさを知っている。冷たい瞳の意味もわかる。
赤司は@@を掴む腕の強さを無意識のうちに強めた。



「嫌いなんだってさぁーわけわかんねえよなあ、ちゃんと謝るつもりだったんだけどなーうまくいかなかったなー」
「お前はちゃんと、意思を示したじゃないか」
「無理無理、あいつがわかってくんなきゃ意味ねえもん」
「@@」
「なによ」


@@の口は異様に回った。
軽い口調で誤魔化そうとしているのが痛々しかった。


「こんな時まで、強くなくていい」



ぴくりと@@の肩が跳ねて恐る恐る赤司を振り返る。
泣いてはいない、ただただ傷ついた顔をしている。情けない顔を見て、赤司は少し背伸びしながら@@の頭を撫でた。
その手を振り払わず、赤司の手首を掴んで顔を隠すように手のひらを額に押し付けた。

「泣いてもいい。僕しか見てない」
「泣くかよ。あいつがわかってくれるまで」
「……そうか。……まあそれでいい。ここで泣いたら僕が敦を殴って無理矢理@@を奪うところだ」
「余計泣けねえわ」




嫌いの代償
(まあ敦は一発殴るけどね)
(話がちがう)
(これは私情だよ。@@にこんな顔させたんだから)
9
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