「逃げやがったなあいつ!」
「すみません、まさか壁をぶち破るとは思わなくて…」
「お前のせいじゃねえよ、ああもう怪我して…」
「大丈夫です、このくらい」
「@@っち、俺の方がひどいと思うんスけど」
「怪我のせいで男前に見えるぞ黄瀬ー」
「え、えっ!?まじで!?」
「真に受けんなバカ」
さすがにかわいそうと思ったのか、@@は服の袖で黄瀬の血を拭ってやった。繊維が傷口に当たって痛いはずだが、黄瀬は「@@っちがやしゃしい…!!」などと瞳を潤ませている。甘い空気も長くは続かず、そんなことしてる場合ですかと黒子が黄瀬にイグナイトをかまし終了した。
「ちょ、いた…いったい…!」
「それもそうだな、よっしあとは打ち合わせどおりに」
「@@っちひどい…!!でも…すきっ…!!」
「お前の打たれ強さには感服するのだよ…」
「感服ついで@@っちのこと諦めてくれていいんスよ」
「ついでの意味がわからん。却下だ」
「僕らはどうすればいいんですか」
「青峰をあそこに追い込め、赤司にもそう伝える。妖気バリバリでいけば警戒して避けるだろうからな」
獣の本能を逆手に取り、特定の場所に青峰を誘い込む作戦である。
「絶対外には出すなよ」
「了解ッス!」
「緑間はもう行け、時間無さそうだ」
「@@はどうするのだよ」
「囮がいねえとうまく誘い込めねえだろ」
@@悪戯っぽく笑って余裕をかましているが当然@@位置が一番危険であった。三人が自分が代わる、といってもいやだの一点張り。
「俺は青峰と約束がある」
ーーーー絶対だ、約束しろ@@
守るために取り付けた約束だ。守らずしてどうとする。
約束の内容を@@は公言せず、ただ行ってくれと言う。
はあ、と緑間がため息をついて袋を担ぎ直し扉へ歩みを進めていく。
「なら俺とも約束とやらをしろ。無事でいると」
「いいぜー破ったら素っ裸で町内逆立ち一週してやるよ」
「別にそんなことはしなくていいのだよ…!!」
「@@っち俺とも!約束ッスよ!破ったら俺にご奉s「言わせませんよ黄瀬くん」うぐぉ!またイグナイト…!!」
「はいはい全員約束な」
破ったら針千本じゃあ済まされなさそうだ。
あっちからもこっちからも、嫌なにおいがする。
胸糞悪い気配に苛立つ青峰はぐるぐると喉を鳴らして唯一なにもない道を走った。光明が差すように一点の道だけが赤い視界の中で明るく見えている。鼻孔を擽る芳しい香り。欲望にまみれた心臓が歓喜でうち震えた。
照明の落とされた一本道の廊下で、ぼんやりした月明かりに照らされながら獲物が手招きしていた。
「約束守りに来てやったぞ青峰」
先日青峰に食い破られた傷口を無理矢理広げ、@@は再びそこから血をながしている。滴り落ちる血を腕を一閃して振り払い、@@はぱんぱん腕を叩いた。
「よしこい!ほらこっちだ!」
「ガルルル…!!」
「おおこわっ」
@@が駆け出す。もちろん、青峰もそれにつられて追いかける。
廊下を駆け、扉をいくつも蹴破り@@はもつれそうになる足を叱咤しながらひたすら走った。傷口が疼く。
最後の扉を開け放つと@@は足を止める。
たどり着いたのは屋内プールだった。
水泳部が年がら年中使っているおかげでプールはなみなみと水で満たされている。静かな屋内で、青峰の唸り声と@@が息を弾ませる音がいやに響いた。
「ゼェッ、はぁっ、…青、峰。おい、ちゃんと聞こえてっか」
牙を剥き出しにして青峰は@@との距離をじりじりと詰めていく。
辺りから漂う殺気に警戒しているのか、すぐさま飛びかかってはこない。
「なあ青峰、俺な、お前以上に俺とバカってとこで波長が合うやついねえと思うんだ」
勉強に関しても、一人で突っ走って行ってしまおうとするところも。
だからこそ短い期間でここまで気を許せた。力になってやりたいと、一人で悩む背中を支えてやりたいと思うのだ。
惜しい。失うのはあまりにも。
@@が青峰へ近づいた。一瞬唸り声が収まり、青峰の瞳が揺らぐ。
名前を一言一言噛み締めるように呼び続け、@@は青峰との距離を詰める。
揺らぐ視線を捉えられるよう、両手でしっかりと青峰の顔を掴んだ。
「ごめん、俺じゃお前を殺せない」
泣くわけでも怒るわけでもなく、あくまで諭すように顔に感情は浮かべず@@は囁いた。
う、と青峰が呻いた。人の声がしたと思ったら、@@の体は冷たいプールの床に押し倒されていた。
「って…!」
「……ざ、けんな…!ふざけんな…!!!」
「青峰…」
「約束、だろ、俺が…こうなったら…!お前が…やるって…!!」
米神を万力でぎりぎりと締め付けられるような痛みが青峰を襲っている。
痛みで流れ落ちる汗、気を失ってしまいそうだ。
再び頭角を表しそうな醜い野生に抗おうと青峰は伸びた牙で唇を噛む。
あっさりと薄い皮膚が破けて血が@@の首筋に落ちた。
血でより一層白く映えて見える@@の首筋に牙を立ててやりたい衝動に駆られても、青峰はそれを怒りで制す。
許せない。約束したじゃないか、だから信じた!
「頼む……なあ、@@…!!もう、お前しか、いねえんだよ…!」
「出来ない」
「なん…っぐ、ぅ、ゥウウウ…!!!」
もうもたないのは青峰が一番よく理解していた。
握りつぶしてしまいそうになる衝動を押さえ、@@の腕を取ると自分の首に宛がわせる。
「お前に、やられんなら…後悔しねえよ…!!」
青峰は笑った。
「できねえっつの」
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