「なんのつもりだてめえ」


迫ってきた顔を片手で掴み近づけぬよう前方に押しやる。遠慮のない体重のかけかただ。
指の間から見える青峰の目は肉食獣のそれとまるっきり同じものでまるで@@を人と見ていない。

手が顔を振るだけでは振り払えないとわかったのか、青峰は両腕で@@の肩を掴もうとしてくる。肌が黒いため爪の色がやたら目立つのだが、そのおかげでその爪が異様に長いものになっているのがはっきり見えた。@@は目を見張る。


「このっ!!」


その爪が立てられては怪我をするのは一目瞭然。
一抹の申し訳なさをこめて@@は青峰の鳩尾を蹴って距離を取る。


「なんだてめー!!やっぱ俺のこと嫌いなのか!」
「ガルルルル…!!」
「人語しゃべれや!」


ゆらりと立ち上がった青峰は両腕をだらりと垂れ下げたまま@@をにらんでいる。

明らかに獣だ。

@@は空を見上げた。


「なるほどそーいうこと」


喧嘩か?と道行く人がいぶかしげにこちらを見ていて@@は舌打ちをひとつ。話が通じないのはなんとなく理解した。

忌々しげに呟いて@@は自分の指に歯をたて皮膚を噛みきった。ぽたり、と落ちる血を見て青峰の唸り声が更に激しくなった。


「ここは人目についちゃうからな!ほら来いよワンコ野郎!散歩してやる!」



空に浮かぶ真っ白な月。満ち足りたそれが@@と、獣と化した青峰を見下ろしていた。






@@の血に反応した青峰は@@だけに狙いを定めて執拗に追いかけてきた。
すごいスピードだ。元からの運動能力もあるだろうがそれに獣の俊敏さも合わさって先程から伸びてくる腕をすれすれのところで避けるのが精一杯。


(ここまで来ればいいか…!?俺ももう限界…!)


建設中の工事現場に駆け込んで急ブレーキをかける。素早くかがみこんでアスファルトに両手をつけると背後めがけて思いきり足払い。
すぐ背後にいた青峰はあっさり引っ掛かり勢いづいたままアスファルトに投げ出された。


「やべ思ったより飛んだ。大丈夫か」
「グウゥウ…!」
「ああうん大丈夫そうね」


すぐに立ち上がった青峰を見て@@は肩をすくめる。できればちょっとはこたえてくれたほうが都合がよかったのだが。


「おい!聞こえてっか!!ていうか聞け!まず落ち着け!!」
「ウゥウゥウウ!!!」
「イエイイエイウォウウォウ」
「ガルルルルルル!!」
「ちょっとふざけただけだって怒んな…うぉっ!?」


一回の跳躍で青峰は目の前まで迫ってきた。
伸びてきた青峰の腕を正面から握り込み、足を踏ん張る@@。手と手をあわせた状態で二人は互いの体を押しやった。


「すっげつえーな畜生!いでで爪立てんな!」
「ガァッ!!」
「噛みつくな!!待て!ステイ!お座り!!」


もちろん聞きやしない。


ガチン!ガチン!と顔の近くで鳴る恐ろしい歯と歯がぶつかり合う音。噛まれれば簡単に食いちぎられそうだ。
押し合いながら@@は目だけで頭上を見る。

(月隠れりゃちょっとは落ち着きそうなもんなんだけどな…!)


あいにく今日の天気は快晴。雲という邪魔などひとつもなく月は皮肉にも美しく輝いている。

汗で手がぬめる。
にっちもさっちもいかない現状を打破したいのは山々だが方法がわからない。


(一か八か…!!)


@@は咄嗟に腕の力を弱める。
そうすればもちろん青峰は反発する力を失い@@のほうに倒れ込んでくる。
押すのではなく@@は自分の背後に回るよう青峰の腕を引いて地面に押し倒し体を捻って馬乗りになる


「クッソが!暴れんな!!」


青峰は吠えながら腕や足を暴れ狂わせてきた。
全身を使って押さえつけるのだが力が強すぎる。

青峰は一際大きく唸ると顔の側にあった@@の腕についに噛みついてきた。


「いってぇえ!!クソッ!!!」


ぶちぶち皮膚の繊維が切れる音を聞きながら@@は青峰の顔に噛まれていない手を押し付けた。
紫原に憑いたワルイモノを落とすときと同じ要領で青峰の中で暴れるものを押さえつけている。
低級なものとは比べ物にならない強い反撃を感じたが、次第に青峰の力が弱まっていく。


「戻ってこい青峰!!」


極めつけにガン!と頭を地面に叩きつけた。
ぱたり、青峰の手が落ちる。
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