床にはくっきりとボールの跡が残り心なしかへこんでいる。
だから言ったじゃん、と@@はばつの悪そうな顔で後ろ頭を掻いている。
「つーわけで俺ジャンプボール無理。黄瀬タッチ」
「えええ…」
その後ジャンプボールは再度捕まえられた二軍の部員にやらせたが(彼は泣いていた)試合の状況は悲惨だった。
黒子が流れるような動作でパスを回し、受けとるまではいいのだが
「え?え?これどうすんの?」
「!?@@くん持ったまま走ったらだめです!ドリブルドリブル!」
ドリブルができない
「パスすりゃいいんだろオラァ!」
「いっだぁ!!」
パスは何故か味方の顔面にあたる。
@@は驚異的にバスケというスポーツが出来なかった。足と腕を同時に動かすという動作が根本的に出来なかったのだ。横からボールを取られれば殴って取り返そうとするし、敵の行く手は足掛けで阻むという反則乱れ打ち。
連続される珍プレーの数々に赤司を除く四人が疲弊して崩れ落ちるまでそう時間はかからなかった。
「も、もう無理ッス…鼻おれそう…」
「試合より、疲れるなど、ありえないのだよ…」
「………」
「黒ちん生きて〜」
「だから無理なんだっつの、手使うスポーツは基本無理」
四人を散々弄んだ@@は一人余裕しゃくしゃくな様子でボールをいじくっている。
「俺力超強いの。握力測定器いくつ壊したと思ってんだ」
@@の中学時代のあだ名はクラッシャーだった。何でもかんでもすぐに壊してしまうのだ。体力測定に使う握力測定器は両手で毎回一つずつ握りつぶし、野球のボールを握りこめばすぐに潰し、今までへし折ったペンの数は星の数ほどある。意識して過ごさなければ人の腕の骨くらい一瞬で木っ端微塵にする。そのとき出会ったのがサッカーだった。サッカーはキーパー以外腕を基本使わない。腕より足の方が力のコントロールがしやすく、@@がのめりこむのは早かった。
「だからバスケ無理。帰っていいか……これ以上やると誰か怪我する、し」
正当な理由は身を以て知らしめた。
ようやく練習に戻れる、と@@は安堵のため息をつきかけたが、やたら愉快そうな顔をした赤司に突然ボールを奪い取られて目を白黒させる。
「な、」
「面白いじゃないか。その力は僕にも通用するのか?」
「何しやがる待てや!」
勝負は@@と赤司の一騎討ちに。
大股で赤司に迫っていく@@だが遊ばれるようにひょいひょいかわされてボールどころか赤司の行く手に回ることさえ叶わない。
「んのやろ!!」
こけおどしにダンッ!と床を踏み鳴らして殴りかかる勢いで@@は赤司に向かっていくのだが、正面から対峙した瞬間恐ろしく早いドリブルで目が、足が、体の自由が奪われた。
「頭が高いぞ」
赤と金の目に見下ろされながら@@は床に尻餅をついていた。
ぱす、と軽い音をたててボールはゴールに吸い込まれこの試合で初の得点を獲得する。
@@は唖然とした。何故今自分は見下ろされている?
ふん、と赤司が鼻で笑ってきた。
「この程度か」
ぷちゅーん
@@の頭の中でインベーダーゲームの残機が破裂するような音がした。@@の数少ない寛容の残機が木っ端微塵に砕けたのだ。
@@の目の色が変わった。彼の沸点の低さを理解している四人はあ、切れたな…とすぐさまそれを感じ取った。
「上等だオラァアア!!」
再び二人は対峙する。ボールは赤司の手の中だ。
今度はむやみやたらと突っ込んでいくことはせず、@@は射殺すような目で赤司とボールを追う。
目まぐるしく動き回るボール。目が回りそうだ。
赤司が一瞬笑みを浮かべてまた突っ込んでくる。膝が再び曲がるかと思ったが、@@はボールではなく赤司に突っ込んでいった。
崩れかけた体制を無理矢理直し一瞬の隙をついて@@は赤司からボールをもぎ取った。もうそれはほぼ反則に近い強引さだったがそこでなりふり構う@@ではない。
「頭が高ェ!!!」
もぎ取ったボールを思いきり振りかぶり@@はゴール目掛けてそれを投げた。コート中に響き渡る轟音。弾丸のようなボールがゴールポストに直撃し、
折れた。
「あっ、やべ」
ゴールポストを破壊したことで@@は教師にこってり絞られた。
バスケ部でもない人間が何してる、とそっちまで言及されて。
何故か怒られたのは@@一人で@@は本当に納得がいなかった。教師に恨み言を呟きながら職員室を出るとそこで待っていたのは件の原因となった赤司。すでに制服に着替えていた。
ビキイ!と@@の額に浮かぶ青筋。
「てめえのせいで怒られた!」
「ゴールを壊したのはお前だろう」
「お前が吹っ掛けてこなきゃこんなことなんなかったの!」
ドスドス音をたてながら@@は赤司の横を通りすぎる。
練習に戻れなかったどころかもう下校時刻だ。一日を無駄に過ごしてしまった気がして@@の機嫌は下がる一方。
「お前の力が強いのはわかったよ」
「ならもう絶対くんなよ!俺はバスケ部には入らねえ!」
「それは無理なお願いだな。僕個人としてお前に興味がある、@@」
「呼び捨てすんじゃね……」
背後を振り返って@@はぎょっとした。
赤司の額から角が生えている。
比喩や錯覚ではなく、天に向かってまっすぐ伸びる真っ赤な角が二本。
鬼だ。
体が硬直するのと同時に@@はしきりに感じていた赤司のプレッシャーの出所に気づく。
「お、お前……」
「テツヤたちのことを知ってるんだろ?なら隠す必要もないかと思ってね」
にっこりと微笑んだ唇からみだらに零れる鋭い牙。
つい最近、@@は神と呼ばれる者に対峙してその力の強さをまざまざと知ったばかりだったのだが目の前のこれに比べたらまるで嘘みたく軽いものに感じた。
こいつやばい。
直感がそう告げている。
「ずっと、お前のような奴を探していた」
ゆっくりと赤司は@@に近づいてきて汗で湿る頬をそっと撫でていく。
「力が強い?上等じゃあないか。僕と同じだ」
「お、お前とは違うんじゃないかな…」
「いいや一緒だ。自分の力に思い悩んでいる。その使い道に」
僕の眼は誤魔化せない。
片手だった赤司の手は逃がすまいと両手で@@の頬を包んでくる。
身長差を埋めようと赤司がそのまま下に引っ張ってくるので背中が軋む。
振り払いたいのにとんでもない力とプレッシャーで上からも下からもおさえつけられて身動きが取れない。
「お前が欲しい」
でも逃げた。
笑う赤鬼
(逃がすわけないじゃないか)
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