「だぁっふ!!あっぶな!おい気を付けろ!!」
「あ、す、すんませ…」
「…………あんた、大丈夫か」


階段の上から人が降ってきた。
たまたま階段の中程にいた@@は手すりを慌てて掴み、落ちてきた人影をなんとか抱き止める。
受け止めた体は異様に軽かったが@@の腕には男とは違う重さがのし掛かってきてその胸の悪くなる気配の固まりに@@は顔をしかめた。


「ちょ、ちょっと立ち眩み…ごめん怪我ない?」
「そのままアンタにかえす。…つかちょっとこっち来い」
「へっ。な、な!?」


バカみたいに軽い体を米俵よろしく抱き抱え@@が真っ直ぐ向かったのは保健室。男はしばし抵抗したが@@はびくともしない。

保険教諭がいないのをいいことに扉を足で開け勝手にベッドへ男を叩き込んだ。



「ぶふっ!」


そのまま後ろ手にカーテンを閉め@@は男に詰め寄る。
鼻先が触れ合いそうなほど近い距離に男は狼狽した。


「え、え?何お兄さんソッチ系の人…!い、いやお兄さん顔綺麗だけど急に男はちょっと…!!」
「たわけえ!俺だってノーマルだ!」
「え、じゃあなに」
「単刀直入に言うけど、アンタ憑かれてんだろ」

……


「ああうん、まあ最近結構疲れてっかな…」
「言い方が悪かった。アンタ幽霊とか信じるか」
「えっと……電波系?」
「茶化すな!アンタが一番わかってんだろ」


くそ真面目な顔で@@は男をにらんでくる。妙なことが身の回りでないか、@@に再度問い質され男は黙りこくる。
男には思い当たる節があった。むしろ、一連のことはそういう現象にあてはめたほうがしっくりくる。
男は身を震わせた。



「や、やっぱそういう系かな…夜とかめっちゃ金縛りあうし、何もないとこから声するし、物勝手に壊れるし、あと体めっちゃ痛い…」
「だろうな」


軽く@@が男の背を叩く。するとどうだ、体が軋むような痛みが減った。


「あ、あれ?」
「一時的だから長く続かねえ。何あったか話せ」
「お兄さん何者!すごくね!?あ、俺高尾!でお兄さん誰!?」
「治った途端うっさいなお前」


興奮する高尾をなだめつつ@@はこうなる前のことを聞いた。林のそばで変な動物を殺してしまってから異変が続く、と。
なんとなく予想はしていたので、緑間の異変も頷けた。しかし事態は@@が思っていたより重かった。


「真ちゃんも最近変だし、やっぱやばいんかなこれ」
「めっちゃやばい」
「ま、まじで」
「このままだと二人揃ってお陀仏」
「うええええ…!!」


高尾はベッドの上で頭を抱えた。
慰めも励ましの声もかけられない。この領分は危険すぎる。
@@がどうしたもんかと頬をかいていると、高尾が「俺のせいなんだ」 と絞り出した。


「俺が、近道しようってあの道に行って…真ちゃん引き返せって言ったんだけど、俺そのまま行っちゃってさ…」
「で、轢いたか」
「うん…」
「っかー…どうしようもねえよ、何もしないで逃げたんじゃ」


突然高尾が強く@@の腕を掴む。
何事かとぎょっとすれば高尾は必死の形相で@@を見て叫んだ。


「あんたすごいんだろ!俺なんとなくわかる!」
「まあそうなんじゃねえの…」
「なら頼む!!俺はいいから真ちゃん助けてくれ!」
「ああ?」
「俺のせいでこうなった…!真ちゃんは関係ない!だから…!」

@@の応急処置の効果が切れてきたのか、高尾の額には汗が浮かんでいた。痛みはじきに戻ってくる。同時に恐怖も近づいてくる。
だというのに、高尾は自分を助けろとは一切言わなかった。

そういったものから自分を守る術を持たないただ人間が、だ。

@@が苦笑を漏らす。

「お前緑間にはもったいねえな」
「はは、違うよ。真ちゃんが俺には勿体ないんだ」


だから死んでほしくない。

@@は返事のかわりに高尾の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。






「12位は蟹座のあなた!今日のあなたは超絶アンラッキー!素直にならないツケが全部今日にまわってくるかも…たまには妥協を考えてみたら?ラッキーアイテムはサッカーボールです!」


今日に限って



緑間は神の遣いを殺したあの林の近くにきていた。
時間はない。このままなあなあにしていれば先に高尾が力尽きてしまう。
たとえおは朝の占いの結果が最悪であっても緑間は対峙する道を選んだ。




行く宛はなかったが、厳かな気配が林の奥から誘うように漏れてきているのは感じ取っていたので、緑間は奥へ奥へと歩みを進めていく。
まだ昼間だというのに林の中は暗く感じ奥に進むごとに寒気が増す。
本能が引き返せと緑間に告げていたがここで戻っても死ぬのが遅れるか逆上した神が直々にやってくるかのどちらか。結果はあまり変わらない。



「(ラッキーアイテムも今日は所持している、簡単にやらせはしない)」


小脇に抱えたサッカーボールが手汗で滑る。
茂みをいくつも踏み越えて数十分、緑間は林の開けた場所にたどり着いた。
目の前にあるのは背の高い草に囲まれた沼。
蓮が浮き、透き通る水面から色とりどりの鯉が悠々と泳いでいるのが見えた。


緑間が林に足を踏み入れたとき、天候は確か晴れていたはず。



「(この場所だけ、異様に暗い)」



今にも大雨が振りだしそうな分厚くて黒い雲が頭上を覆っている。
遠くに見える景色は雲ひとつない青空なのにこの一点だけが。



ぱしゃん



水音。
鯉が跳ねたのだと思ったが、水面に映る影はどう見ても鯉のそれより遥かに大きくましてや鯉は水面に立てたりはしない。
緑間は一瞬、呼吸を忘れた。


夢にまで見たあの双眸がまっすぐに此方を見据えている。
恨みを、怒りを、憎しみを孕んだ瞳で。

それは現世に存在する、馬に似ていた。
似ているというだけで馬のそれとは似ても似つかない存在感。身の丈は軽く二メートル以上はあるだろう巨体。
鼻っ面の長い顔は伝説や文献に登場する龍そのもの。外皮を覆う艶やかな鱗がそれの存在を際立たせる。長い髭をたなびかせ営利な角はまっすぐに緑間へ伸びていた。
こんな場面であっても、それはひどく美しく見える。


太古の昔に忘れられたその存在を人は麒麟と名付けたはずだ。



震える拳を血が滲むほど強く握りしめた。
恐怖に支配されても、緑間はやらなければならないことがある。
救うべき人がいる。
短く息を吐いて呪符を数枚取り出した。
麒麟は緑間の出方を伺っているようでそこから一歩も動かない。


息をする間もなかったと思う。
ありったけの呪符を展開させて麒麟の周りを固めたがそれらは麒麟がひとたび角を振るとあっという間に燃え尽きた。弾き返された呪術を負けじと跳ね返しそれを繰り返し続けた。
普通の人間ならば初撃で木っ端微塵だったろうが、耐えたのは緑間の技量があってこそだ。しかしそれも長くは続かない。

呪符には限りがある。



「(もう持たん……!!)」


新しい呪符を生成する時間なんて一瞬たりともない。
最後の一枚が燃えたとき、見計らったように麒麟が突進してきた。


最後、緑間の脳裏によぎったのは高尾のことだった。



「ボールを相手の顔面にシューーット」


バン!!!




その瞬間、緑間は両手で顔を覆った。目が眩むような閃光がほとばしりとてもじゃないが目を開けていられない。

死んだか。



とん、と緑間の足に何かが当たった。
ひりつく瞼を開いてみれば足元にラッキーアイテムのサッカーボールが転がっている。
ブオオオオオオオオ!!!と耳をつんざくけたたましい鳴き声で緑間は我に返った。
少し離れた場所で麒麟が長い首をふり回しながら跳ね回っている。


ころころと転がるボールは緑間を通りすぎ、神への冒涜者へと戻っていく。


「超エキサイティング」


悪人のような面で、緑間が最も苦手とする人間**@@がボールを足で押さえて立っていた。



俺、参上
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