とりあえず校内の隠れられそうな場所を駆け足で探し回ってみたが、黒子は一向に見つからない。机の下、ロッカーの中、果てはゴミ箱の中まで。
この広い校内で探すというのはなかなか骨が折れる所業で、@@は早くも諦めかけていた。
「黒子隠れんのうますぎだろ…ここかッ!」
バッ!と@@が勢いよく開いたのは
女子トイレの便器の中。
『…そんなとこいるわけないじゃないですか』
「声がするってことは近いのかこの変態!」
『躊躇なく女子トイレに入った人に言われたくないです』
「じゃあ何で声すんの。テレパシー?」
『………そういうことでいいです』
渋々便器のふたをおろし、@@は腕組みした。
「全っ然見つかんないんだけど」
『すぐに見つかったら世話無いですよ』
「ヒントくれよヒント」
『…僕はどこにもいません。でも、どこにでもいます』
「ごめん全然わかんない。俺クイズとか苦手だったわ」
『少しは考えてください』
トイレを出たあとは二年の教室、視聴覚室、誰もいないことを確認しながら職員室…やはりいない。
日は大分傾いていた。日没まであと三十分ないだろう。しかし@@は慌てる様子もなく、黒子を探してふらふらと校内を徘徊するだけ。
ついには駆け足もやめていた。
「探し物はなんですか〜?」
『……見つけにくいものですか』
「鞄の中も」
『机の中も』
「探したけれど見つからないのに」
『まだまだ探す気ですか』
「それよりぼくと踊りませんかぁー」
『夢のなかへ』
「夢のなかへぇ」
『行ってみたいと思いませんか』
「『フフッフーーン♪』」
「歌う余裕あんなら見つかれよタコ」
『吹っ掛けた人が何を』
ごもっともである。
暗くなり出した廊下を歩きながら@@は思い出したように言う。
「黒子はさあ、なんでかくれんぼなわけ?」
『…見つけてほしいからですよ』
「もっと掘り下げろ」
『えー…』
こうなる発端は随分昔。まだ黒子が小さいときにまで遡る。
その時分から影が薄かった黒子は、友達とかくれんぼをしても一回も見つけてもらえず先に帰られてしまうという悲しい過去の持ち主だった。
「それを何で今さら」
『…最近よく思い出すようになったんです』
きっかけは部活で、部活の仲間たちが自分の力を必要としなくなってきているんじゃないか、と思い始めたことからだ。
ようやく見つけた居場所が薄れ、また誰もが自分を置いて遠くへいってしまう。
存在意義がほしい。どこにいても、自分を見つけてくれる人がほしい。
『たった一人でもいいから、そういう人が見つかればいいと、そう思ったんです』
「バスケ部信用されてねえのなー」
『え?』
「少なくとも敦はそんなことしねえぞ」
あと黄瀬。
それは@@が二人と深く関わりを持てたからいえることであったが、彼らが一緒にいれる相手なのだからそう簡単に居場所を奪う連中には思えない。
それが@@の見解。
『…紫原くんも、黄瀬くんも羨ましいですね』
「あん?」
『**くんみたいな人ともっと早くに会えてたら、こんな思いはしなかったんでしょうか』
手を引く人がいるなら、置いていかれることも
「お前バカじゃねーの」
『ばっ…』
「何でもう終わったみたいな言い方してんの。俺とお前会ったばっかじゃん」
『でも僕は』
「あーうるさいうるさい!俺これでもお前のこと結構気に入ってんの!」
『え…』
「ちゃんと見つけるから大人しく隠れてろ!!」
大声で言い切ると@@は走り出した。
なんて横暴な言い方なんだ。黒子は根拠のない虚言に呆然とした。見つけられるわけないのに。
でも黒子はそれがいやだとは思わなかった。少なくともこんな絶望的な状況で堂々と啖呵をきる人なんて黒子の記憶には一人もいなかった。
@@はここでもないここも違うとあちこち走り回ってただひたすら探し続けている。会って間もない自分を。なんの縁もなかった自分を
見つける、と言い切って
『…**くん』
「あんだよ」
『見つけて、ください…僕を…!!』
切実に願った。
もうこの人に見つけてもらえればそれでいいと。
「端っからそう言え、バァーッカ」
急ブレーキをかけた@@は、どすん!と廊下にあぐらをかいて座りこんだ。ちょうど逆光で自分の前に影が出来るように。
ふーと息を吐くと自分の前にある影に向かって勢いよく腕を伸ばす。
ず ぶ り
水中に手を差し入れたいうな感触。
@@はそのまま身を乗り出すと手に当たった何かをつかんでそのまま引き上げた。
「黒子みーーっけ!!」
引き上げた黒子は声を押し殺して泣きながら@@の体にしがみついていた。
黒子テツヤが、人生ではじめてかくれんぼで負けた瞬間である。
「いつから気付いてたんですか?」
「いや全然わかんなかった。お前あそこにいなかったら俺指折ってた」
「………呑気ですね。失敗したら一生監禁だったのに」
「うるっさいなーいいだろ見つかったんだから」
なんという無計画。
「要はあれだろ、お前は影の中だったらどこでも隠れられるってあれだろ」
「………正解です」
「見つけてほしそうだったから案外近くにいんじゃねーのと思ったんだよ」
打算も根拠もない@@の勘だった。
ぶっきらぼうな言い方に、黒子はなんだか笑いが込み上げてきて声をあげて笑ってしまった。自分が笑われているのかと思い、@@は笑うなよ!と目尻を赤くしながら声を荒げた。
「完敗です。君はやっぱりすごい人だ」
「まあな」
「……隠してた人たちはみんな解放します。約束通り、もうこんなことはしません」
「おうそうしろ」
「@@くんが、いてくれるなら」
もうしません。叱られた子供のように黒子は背中を丸めていたが耳が真っ赤に染まっている。
繋ぎ止めるように黒子の指が@@の袖をつかんでいて、@@はふん、と鼻から息を出す。
「仕方ねーやつだな」
呆れているような声色のわりに@@の顔は優しくて。
がっしりと黒子の肩に回った腕の暖かさに、黒子の視界はまた揺れた。
愛すべき無鉄砲
(あれ、ここどこ…)
(学校ですよ)
(あれっテツくん!えーっと…あれ?なんで私ここにいるんだっけ)
(深く突っ込まないで帰ったほうがいいよ桃井サン)
(………誰?)
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