「ふぅ……」

白いため息が星の散らばる夜空に溶ける。
今日はローデリヒの家に遊びに……いや、自宅近くで迷子になっていたローデリヒを自宅へ送るために来ていた。すぐに帰るつもりだったが、ローデリヒを探しに行こうとしていたエリザベータと久々の再会を果たしてしまう。そのままうっかり話し込んでしまい、遅くなったのだ。
わたしとエリザは、仲の悪い時期ももちろんあった。だが一番身近な同性である。戦争が絡まなければ、わたし達は一番の親友同士でいられた。

「もう遅いし、今日は泊まっていきなさいよ」
「いや、でもギルが」
「あの馬鹿は私が説得するから。マリアが強いのは、それはもう十分すぎるくらいに分かっているけど、女の子に夜道を帰らせるなんてもっての他よ」
「ほんとはもっと喋ってたいんだろ」
「だって久しぶりじゃない。ノロケでもなんでもいいからネタが欲しいの。大丈夫、無理強いはしないから」
「……。泊まる部屋の都合、とか」
「ローデリヒさんも分かってくれるわ」

口でエリザベータに勝てたことがないわたしは、今回もやっぱり勝てない。エリザは、ちょっと待っていてね、そう言ってギルベルトに電話をしにいったまま帰ってこなくなった。
わたしとエリザの歴史はそのまま、ギルベルトとエリザの歴史でもある。わたしとギルはまったく同じ時間を生きてきたのだから当たり前だ。だからあの2人もなんだかんだ言って十分に仲が良いのだ。
その事実はささやかながら、わたしに嫉妬心を持たせるのに十分すぎる材料で、それがさっきのため息だ。それがまったく自分らしくない行動だと気づいて、苦笑を漏らしてしまう。そんなとき。
心許ない星明りだけが頼りのほぼ真っ暗な視界の端に、特徴的なくるんが映った。

「フェリちゃん?」



『マリアッ! お前今どこに、』
「残念、私よ」

電話はワンコールしないうちに繋がった。それと同時に必死な叫び声が響く。エそれを予想して大音量を放つ受話器と右耳の間にはそれなりの距離をとっていたけれど、正解だったわ。

『エリザかよ……マリアはローデリヒ送りにいったまま帰ってきてないぜ?』
「知ってるわ。そのローデリヒさんの家から電話をかけているもの」
『ならいったい何の用だよ。それよりマリアと変われ』

落胆し、イライラしているのがその口調でよく分かった。壁か何かを指で叩く音も受話器越しに聞こえる。恋は盲目と言うけれど、まさにその通りだと思った。

「マリア、今日は泊まらせるから」
『は?』

間の抜けた声がよりいっそう馬鹿らしく聞こえて、私は拭きだすのをこらえるのに必死だった。それをなんとかこらえ、本来の用件を話す。

「もう夜でしょ。マリアにも言ったけど、マリアが強いのは十分承知だけど、女の子に夜道を歩かせるなんてできないわ。本音は夜通しお喋りにしたいの。異議は?」
『ある。今迎えに行ってる』
「だろうと思った」
『……お前、最初から分かてて電話したな』

考えを見破られても、とくに驚いたり焦ったりはしなかった。むしろ気づいて当たり前なのだ。いったい何年もの時を一緒に過ごしてしまったと思っているのよ。

「あらいけない? 妹は大事でしょう?」
『当たり前だ』
「シスコン」
『照れるぜ』
「褒めてないわ変態」
『それはマリアも侮辱すんぞ。なんてったってマリアはかっこいい俺様に夢中だからな』
「自意識過剰」
『照れるぜ』
「だから褒めてないわ」

マリアがローデリヒの家で私と一緒にいるという事実は、多少なりともギルベルトを安心させたみたいだった。そのせいか、電話は少々長引いていた。

『っと、いけね。じゃあもうすぐ着くから待ってろってマリアに伝えろ』
「……あんた、私を通信兵か何かと思ってるの?」
『いいや。野蛮なフライパン女だと思ってる』
「……。この前、とっても軽くて丈夫だっていうフライパンを買ったの。あんたで試すから首洗って待っていやがれクソ野郎」
『昔の口調でてきてんぞお前。じゃあな』

ぷつり。つー、つー。
一方的に切られた電話に小さくため息を漏らす。もう、笑うことしかできないじゃないの。

「二人とも、黙っていれば格好いいのに」

戦好きで、だから戦争の事以外ではあんまり頭が回らなくて、お互いのことを語りだすと止まらない、昔のままのような双子。私はそんな二人がそこまで嫌いじゃなくて。
時折、酷く羨ましかった。



「あ、マリア」

ハプスブルグ家支配時に召使であったフェリシアーノは、今でもたびたびオーストリアに訪れ、ローデリヒのピアノを聴いている、らしい。

「今日はどうしたの?」
「エリザと話し込んでて。フェリちゃんは?」
「ローデリヒさんのピアノ聴いてたら、あんまり気持ちよくって寝ちゃったんだ。気づ
いたら夜で、昔に俺が使ってた部屋に泊めてもらうことになったんだよ」

なんとも彼らしい。
フェリシアーノは珍しく目をぱっちりと開けて、満天の星空を眺めた。起きたばかりで眠くないのだろう。きっとローデリヒのお叱りを受けただろうから、そのせいかもしれない。
そこまで考えたとき、フェリシアーノは星からわたしへ視線を移した。星の光が映りこんだのか、瞳が妙にキラキラと輝いている。
この瞳には激しく見覚えがあった。例えば、エリザとかエリザとかエリザとかが、いいネタに巡りあえたときのような。大抵、恋愛に関するネタだけれど。

「ねぇ、さっきのため息はなに?」
「え」
「なんか恋の真っ最中の女の子が、誰かに嫉妬してるみたいだったよ」

まさにその通りなのだが、フェリシアーノは知っているのか知らないのか、とても楽しそうにしている。こういう話題が好きなのは女の子の特権だと思っていたが、どうやらその常識は覆さなければいけない。

「マリア、嫉妬したらどうするか分かる?」
「? 女の方を虐めるのか?」
「さすがにそれは駄目だよ。えげつないよ」

女の子の黒い面を目の当たりにしたフェリシアーノは、それでも言葉を続ける。

「自分がどれだけその人のことを思っているか、精一杯アピールすればいいんだよ」
あっさりと言われた言葉に、思わず呆気にとられた。
「いや、でも、」
「それで好きな人を盗られてもいいの? 俺は嫌。所有したくないとか縛りつけたくないとか、甘いこと言ってられないよ。だって好きなんだもん」

フェリシアーノの言葉は真っ直ぐだ。それは冷えた身体に温かなポタージュを流し込むようにすとんと胸に落ちて広がる。ラテン気質というのが原因かもしれない。どちらにしろ、恋愛事に疎かったわたしには新鮮な言葉だった。

「……さすがだなフェリちゃん」
「ほんと? 俺すごい?」
「すごい。フリッツ親父の次の次くらいにすごい」

がしがしと多少乱暴に頭を撫でてやれば、えへへ、と可愛らしく笑った。フェリシアーノは確実に自分より可愛い。だが、美しい方に分類されるわたしと比べること事態が間違っていることは知っている。なにしろ鏡に映るわたしの顔は、大好きなギルベルトにそっくりなのだから。

「悪いマリア、待たせた」

いいタイミングで現れたギルベルトは、なんだか少しむっとしていた。それをみたフェリシアーノは笑って、先ほどわたしに言ったのとさほど変わらない台詞を言う。

「久しぶりギルベルト。あのね、もし嫉妬したら、自分がどれだけその人のことを思っているか、精一杯アピールすればいいんだよ」

それを聞いたギルベルトは驚いた顔をして、敵わないな、というため息を漏らした。
わたしはその台詞でやっとギルベルトの機嫌の悪さを理解して、少しだけ恥ずかしくなって、なんというか……とても嬉しくなった。
そして、誰かに先を越される前に。

「Ich liebe Dich (愛してる)」

同じ言葉が二人分、同時に始まって終わった。
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