朝露に濡れた草木に柔らかな陽射しがあたり、暗く静かで孤独な夜の終わりを告げた。小鳥が太陽を称える歌を歌い、人間をはじめとした生き物たちが起きだす。
母親が朝食の準備の合間に子供たちを起こし、父親は出勤までのひと時に新聞を読んですごす。どこの国にとっても平和だと捉えられる、ドイチュラント首都ベルリンのとても清々しい一日の始まり。
そんな中のひとつ、とある一軒家の二階から。
ぴぴぴぴぴ。ぴぴぴぴぴ。ぴぴばごっ!
こんな音が聞こえた。最後の三音が酷く物騒だ。
前もって指定された時間にきちんと仕事をこなした目覚まし時計が、我が親愛なる姉さんによる渾身の一撃をくらった音にまず間違いないだろう。
確実に壊れているだろう彼、または彼女は、一体何代目の目覚まし時計だったか。可愛らしい小鳥をかたどったパステルイエローのボディを思い浮かべて、そういえば何代か前から小鳥型だったことだけ思い出した。
兄さんの頭の上の小鳥が若干怯えている気がする。

「兄さん、あれが何代目だったか憶えているか?」
「もう憶えてねぇよ」

珍しく早起きして地図と睨めっこをしている兄さんに問いかけたが、やはり憶えていないようだ。毎朝だとは言わないが、何年も前から頻繁に壊されているのだから、当たり前かもしれない。
そろそろ三桁に突入する頃だと思うが、正確な数字を思い出すのも面倒だ。大人しく、哀れな目覚まし時計に簡単な黙祷を捧げることにしよう。
ほんの数秒の黙祷が終わる頃、
どだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっばんっ!
そんな、何かが階段を転がり落ちるような音が響く。実際には勢いよく廊下を疾走し、階段を駆け下りているだけなのだろうが、いずれ家まで壊れてしまいそうなほど激しい音だ。むしろ実際に家の破壊を目論んでいると言われても納得してしまうだろう。
そしてそれに続くように、さっきまでの勢いを落とさずに開かれたドアが軋む。果たして扉の蝶番は無事だろうか。そういえば蝶番も何度付け替えたことか。これは兄さんの壊した分も含まれるから、数えるなどという行為は無謀極まりないかもしれない。
扉を開けたのは、ホットパンツに黒のタンクトップというとんでもない格好の姉さんだった。見たところ、いやまじまじと眺めたわけではないが、下着は着用していないようだった。それ自体が下着のようでもあった。

「Guten Morgen (おはよう)! 今日も清々しい朝だなギルベルト!」
「Guten Morgenマリア! 今日も俺に似て美人だな!」

朝からテンションの高い姉さんと、それにあわせてテンションをあげる兄さん双子だ。
この二人の違いは髪の長さと身長と、それぞれの性別特有の身体つきくらいしかない。昔々はその僅かな差さえもなく、まるで鏡のようにそっくりだった。あるときには上司にさえも見分けがつけられないこともあったらしく、代わる代わる戦に出たりもしたようだが、一体どれだけの人や国がそれに気付けただろう。仮にいたとしても悪友たちとローデリヒ、エリザベータくらいだろうか。
聞いていて馬鹿らしくなる朝の挨拶を交わした後、姉さんは俺に寄ってきた。

「Guten Morgenわたしたちのルートヴィッヒ」
「Guten Morgen姉さん。目玉焼きが焦げる前にどいてほしいんだが」

姉さんは、その、発育のいい身体つきをしている。たとえばその豊満な胸だとか、白く長い脚だとか。いくら姉弟とはいえ、俺には刺激が強すぎるくらいに。
とりあえず冷静に対処するが、兄弟のことならなんでもお見通しな姉さんは笑った。兄さんとなんら変わらない、ニヨニヨという笑い方だ。
嫌な予感しかしない。

「だよな! 童貞のルートヴィッヒ君はお姉様の素晴らしい身体に発情するんだよなー!」
「残念だなルツ! マリアは俺のテクにしか反応しないぜ!」
「何言ってんだバカベルト。わたしがお前にしか股を開いたことがないとでも思うのか?」
「なっ! 他にいるのか?」
「まさか」
「ほら、アスター、ブラッキー、ベルリッツ。今日の朝ご飯は目玉焼きとヴルストとトーストだ」
「「待てそれ(俺/わたし)の朝ご飯!」」

この双子は悪ノリがすぎるとでもいうか、止めなければいつまでも叫び続ける。
下ネタが混じっていたが、それが兄妹にしてはとんでもないものであったが、この家では当然のことなのでそこにはつっこまない。……そう、『当然』なのだ。

「ふざけるのは止めて早く朝食を食べてしまってくれ。今日は2人でデートに行くんだろう?」

兄さんと姉さんは双子であるのだが、それと同時に恋人同士でもあった。熱烈なキスやベッドでごにょごにょをすることもまた、当然のことだった。
それなりに成長して、そういうことは愛しあう男女でないとしないと知ったとき、俺は驚かなかった。いや、驚けなかったのだろう。仲が良いきょうだいというのはこんなものだろうと思っていたくらい自然に、兄さんと姉さんは愛しあっていたのだ。
俺も兄さんたちも、血が繋がっているのに恋人でいることを気にしていない。愛しているから、一緒にいる。それのなにが悪いというのだ。
……兄さんたちの洗脳教育の結果だと言われたら確かにそうかもしれないが、俺は後悔していない。むしろ誇りたいほどだ。

「今日はどこに行くんだ? 姉さん」
「北の方。キールでオペラ見る予定なんだぜ!」
「また随分遠くだな。今回も泊りがけなのか? 兄さん」
「一泊二日な。土産、期待しとけよ。ルツ」
「分かった。気をつけてな」
「そうだギル、あそこの近くの新しくなったレストランに行きたい」
「もちろん予約済みだ」
「さすがわたしのコピー。愛してるぞギルベルト」

そんな会話を食器洗いのBGMにしながら、今度はいったい何日後に帰ってくるだろうと、頭の隅でぼんやり考えていた。
いつだかは一週間くらい帰ってこなかった。その時に渡された土産はフランス産最高級ヴァイン。なぜデートで国境を越えたのか。説教したあと、フランシスに謝罪の電話をいれたのは言うまでもない。

『仲が良いのはいいことだよ』

その時のフランシスの言葉を思い出す。疲れが滲みでていたが、どこか安心したような響きも感じとれた。
確かに戦争で離れ離れにしてしまったのを考えれば、仲が良いのも二人で馬鹿騒ぎできるのもとてもいいことだ。だが他人に迷惑をかけないでほしいという本音もあるため、叱ろうと思っても幸せそうに笑う2人を見ると怒鳴るにも怒鳴れなく……。

「あー。マリア」
「なんだ? どこか行きたいとこでもあるのか?」
「発情した」
「は?」
「発情した。ヤらせろ」
「はぁ? キールまで行くのにそんな暇ねぇよ! っていうかなんで急に、っちょ、助けろルツ!」
「感じてるくせに。いくら弟とはいえ、他の男の名前を呼ぶのは野暮ってもんだぜ? マリア」
「黙れこの包○!」
「……いい加減にしろ!」



これが俺の、とても騒がしくて平和的な日常。


……誰か取り替えてくれないか?


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