クラッシックレコード

※シリアス
特にCP要素はないのですが
無理やり見出だすとしたらムラユムラ





「もういいや」
いつのまにヴォルフラムはポーカーフェイスが上手くなったのだろう、とそれこそ困ったような表情を作った有利は内心首をかしげた。
聖砂国で腹に拳をプレゼントしてくれたときもたしかヴォルフラムはポーカーフェイスだった。
それより前からかもしれない。
なにしろ有利は一時的に目が見えなくなっていたのだ。
「これ以上いっしょにいても恋愛感情にはならないから」
だったらポーカーフェイスが上手くなっていても有利は気付かないだろう。
「婚約を解消しようフォンビーレフェルト卿」

何か言おうと口を開いたヴォルフラムは有利を見つめて口を閉ざした。

「・・・そうだな」

ややあって自嘲の笑みで口の端を吊り上げ、碧の瞳を揺らした。

何故、と問う声はなかった。




最近おれの部屋には婚約を解消したヴォルフラムと入れ替わるようにして村田が入り浸っている。
そのせいか婚約を解消したこともあり最近の陛下の御寵愛は猊下だとか、フォンビーレフェルト卿は捨てられただとか、禁断の三角関係だとか様々な噂が出回った。
その話は、ありふれた噂話から超大作が一本かけそうな昼ドラまでネタに欠かない。
恋愛感情はなかったとはいえあんなに仲が良かったおれたちが婚約を解消をしたのだ。
しかもおれから一方的に。
様々な憶測も出回ろう。
噂は何一つ当たっていないし、おれの信念にしたがって行動した結果の婚約破棄だ。
後悔なんて欠片もしていない。
ただ、相談や悩んでいるそぶりも見せなかったことで元婚約者の兄弟たちから不審な目でみられていることだけが心苦しかった。
そのせいか、最近会話もどことなくぎこちない。
心理的な問題かもしれない。
コンラッドは一歩下がって控えているしグウェンダルの眉間は渓谷を刻んでいる。
ギュンターの汁も絶好調だ。
村田という双黒が一人増えたということでむしろ増量したかもしれない。
どのみちおれの方はぎこちないことにかわりない。



おれの方から話を持ちかけるなら、こちらから村田のもとまで出向くのが礼儀なのは重々承知だ。
如何せん村田が滞在している場所というのがこの話を聞かれたくない人でランク付けをした場合天辺に来る人のお膝元なのだ。
申し訳ないが村田にこちらまで出向いてもらうしかない。
そのせいで最近村田はおれの部屋に連日お泊まりだ。

「問題は箱が揃ったことじゃない」

村田の唇から紡がれる言葉は響きもなつかしい母国語。

「君が捨てろと命じた箱がこの国にあることだよ」

世界広しといえどもこの世界で日本語を理解することができるのはおれと村田の二人だけだ。
地球へ訪れたことがあるコンラッドですら日本語はわからない。
だからこそおれたちは念には念を入れて日本語で会話しているのだ。

「ね、渋谷。君もわかってるんじゃないの?」
「・・・めろ」

聞きたくないと掠れた声で否定する。

「君がフォンビーレフェルト卿と婚約を解消したのだって箱から遠ざけるためだろう」
「やめろ」
「君との婚約がなければ彼が王都にいる理由もないからね」
「やめろって!」
「やめない」

振り払った手をぎゅうとつかんで村田は容赦なくおれに現実を突きつけてくる。
違っていてほしいとかまをかけたのだ。
ヴォルフラムは婚約を解消を受け入れた。
それどころか何故婚約を解消するのか、理由も察した上で承諾したのだ。
それはつまり、それはつまり。

「この国の王は君だよ?でもフォンクライスト卿もフォンビーレフェルト卿も他の人だって結局あいつの言葉を優先させたんだよ」

捨てろと命じた箱がこの国にあるということだ。
こちらは僕に任せろ、そう言っていたのはヴォルフラムのはずなのに。

「・・・こんなぽっと出の野球小僧と、この国の始祖のすごい王様だったら誰だって始祖の王様を取るさ。俺だってそうする。仕方ないよ」

村田に感情を悟らせないように何気ない口調でヴォルフラムをフォローする。
庇っている訳じゃない。
これは防衛行動だ。
しょうがないと口に出すことで自分の心を守っているに過ぎない。
しかしこの回答は親友のお気に召さなかったようだ。
「有利!」とファーストネームで呼ばれる。

「その《始祖のすごい王様》が渋谷を王に選んだぞ!」
「じゃあどうすればいいって言うんだ!?」
脳裏に浮かぶのは金髪の青年。
瞳の色は海と空の境界線。
瞳の色こそ違うもののヴォルフラムによく似た顔をした、しかしヴォルフラムとくらべると少々野性味溢れる精悍な顔つきの男だ。
水筒のような毒女印の魔動装置を腰から下げ気まぐれにふらりと現れてちょっかいだしたり意見したり。
好き勝手言っては去っていくこの国の始祖。

「おれだって何とかしたいよ!でもあっちは始祖だぞ!?廟がつくられて祀られてるこの国の神様みたいな存在だぞ!?そんな神様に意見なんてされたら異世界育ちの新米王の意見よりも聞きたくなったってわけないさ!皆無意識にあっちを優先するだろう!?」

神様だもの。
この国に神は存在しない。
つまりそれはこの国で眞王は神と等しい意味を持つということだ。
しょうがないのだ。
カリスマも生きてきた時間も教養も武力もあちらに不足はない。
野球小僧が尻込みしたって当然の相手なはずだ。
おまけに美形だ。
完敗だ、こちらに勝ち目はない。


「それでも!」

声をあらげた親友の姿におれは思わず肩を震わせた。

「王様は君なんだ」

レンズの奥の漆黒の瞳が此方を見つめる。
なにもかも見透かしているような瞳の中に写った自分の姿は真っ暗く歪んでいっそう不安な気持ちをかきたてた。

「王は君なんだ。僕は君の大賢者。あいつのじゃない」

「君の決めたことはなんだって叶えてやりたいし、ましてやそれが箱のことならなおさらだ」

「もともとあいつと大賢者が仲違いしたのだって箱に対する方針のちがいだしね」

深刻な空気を振り払うように村田は冗談めかした仕草で肩をすくめた。
それからまた真剣な表情で俺の肩を掴んだ。

「いいかい渋谷、君の魂はもともとこちらのものだけれどあちらの世界に渡ってしまえば君が死んだ場合・・・仮定の話だからね・・・死んだ場合、君の魂が転生するのはあちらだ」
「村田・・・?」
「君が本当に箱を開けたくないと思っているのなら、あちらに・・・地球に戻るべきだ」
「・・・・・・そうしたらこの国はどうなる?」

気になるのはそれだ。
王がいなくなったこの国は・・・?
村田はこの質問は予想外だったときょとんとこちらを見た。

「なんで?」
「え・・・?」
「なんでそんなこと聞くんだい?」
「なんでっ、て」
「眞王の話に耳を傾けるようになった時点で、この国はもう君を必要としなくなったのに?」

渋谷は優しいね。
その言葉は思いの外心に突き刺さった。
いや、貫通したのかもしれない。
じくじくと幻視の傷が痛みを訴える。
一周回って気持ちよくなってきた、ということはないので大丈夫だと思うが。

「新しく王が起つだろうね、いやあいつがまた王位につくのかな?君がいなくても大丈夫だよ」

村田がおれを地球へ帰したがっているのは分かっている。
ずるいな。
おれがいなくても大丈夫なんて言葉をもらってしまったらもういいかなと思ってしまうのだ。
村田ってずるい。
力が抜けてどうしようもない身体をベッドに預ける。
真上からおれの顔を覗きこんで村田は苦笑をこぼした。
ため息をつくおれの唇を村田の指が辿る。
なんのスポーツもしていないせいでその指先はおれ指よりもやわらかい。

「こうなる前に君はフォンビーレフェルト断罪するべきだった」
「婚約を解消したヴォルフが、王都にいてほしいという眞王陛下の勧めを断ってビーレフェルトに帰ったの理由は当代陛下に忠誠を誓っていたからだとしても?」
「それでも、だ。君はフォンビーレフェルト卿を断罪するべきだった」

そうすれば彼らは自分達が何をしでかしたのか理解したと思うよ。
いくら君が甘っちょろくてやさしいからといって王様なんだってこともね。

「それでもできないよ」

ベッドに身体を預けたおれの横に並んで横になり村田はおれの頭を自分の胸元に抱き込んだ。
とくんとくんと規則的なリズムの鼓動はじわじわと温もりと切なさをおれに与えた。

「・・・できないよ健ちゃん」
「知ってるよゆーちゃん」

おすおずと背中に腕を回す。
すがるように腕に力をこめた村田に苦しいよと文句をこぼしてふと考える。
こういう行為もがありもしない噂の流布に拍車をかけているのだろう。
こんな姿を目撃されようものなら、ヴォルフラムに尻軽と罵られコンラッドにやれやれと苦笑されグウェンダルに怒られギュンターに汁もまみれにされる。
でももうそれは無理だ。
もう会うことなどないのだから。

明日からは別のゴシップが流行るだろう。
恋という甘い匂いのする噂話ではなく、もっと苦く苦しい眞魔国を捨てたという魔王陛下のゴシップが。





魔王陛下退位。
双黒の大賢者がそっけなくその旨を告げた。
椅子を蹴倒し立ち上がった臣下たちは魔王陛下のプライベートルームへと走った。
そこで彼らが目にしたのは綺麗に清掃され生活のない部屋とそんな部屋のなかで唯一、人のいた痕跡を残すのは備え付けの浴室のお湯の張られた浴槽だけだった。









青い空が見えた。
舗装されていない道路。
胸の魔石がおれの警戒を促すように一瞬温度をあげた。
地球じゃない。
道の左手には林。
ここは何処だ。
右手には石造りの民家、草を食む家畜。
何処だって?
道の向こうからくすんだ金髪のご婦人。
おれは知っているじゃないか。
鋭く息を吸う。
こわばった喉は息を通して高く掠れた音を鳴らした。

何処だって!?
おれは知っているはずだ!
この後起きることも全部!
知っているはずだ!!


道をのぼってきたアルプスの少女に出てくるような姿のご婦人は手にした果物の籠を取り落とした。
戦慄く手で此方を指差す。

「・・・黒ッ!」

アーダルベルトにいじられた脳ミソはアーダルベルトがこの場に駆けつける前にこの世界の言語をきちんと解してくれる。



これ報いなのだろうか。
これは、おれがこの世界から、眞魔国から逃げたした報いなのだろうか。
彼はおれが王であるないかは関係なく、はなから鍵を逃がす気などさらさらなかったと言うわけだ。


悲鳴と怒号。
投げつけられることを知っていながら石を避けようとは思わなかった。


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無限ループって怖いね。

書いている間の脳内BGMがライオンキングの「愛を感じて(四季バージョン)」SoundHorizonの「永遠の少年」と「珊瑚の城」でした。

あなーたは王さーまなのよ信じーてくださーい。



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