バタつきパンと蝶の羽

終着点が迷子です




「背中がむずむずする」
最近の有利は口を開けばその言葉。
もはや口癖の域だった。
痒くはない、むずむずする。
しきりにそう言ってはそわそわと落ち着きなく体を動かしグウェンダルに眉をひそめられていた。

朝、いつもの通り有利の部屋を訪れたコンラッドは思い出した。
そう言えば背中がむずむずするといっていたんだった。



「コン、ラッド」
「ユーリ・・・羽が・・・」

それは背中から浮かび上がるようにゆっくりと形をとり、肩甲骨の下あたりに定着した。
黒の縁取りに青というよりはむしろ瑠璃色をしたそれ。
有利の背中からはえているのは紛れもなく蝶の羽だった。

「おおおおれの背中どうなってるのっ!?」
「ユーリ触っちゃ駄目だ、まだ乾いていない」

背中の羽が乾燥していないから、下手にさわると皺になるよ。
名付け親が自分の腕を掴み、ひどく真剣な表情でそんなことを言いだすものだから有利は思わず呆れた顔をした。
混乱している人を目の当たりすると逆に冷静になる心理だ。
有利自身もかなり混乱していたのだが目の前の男もどうやらかなり混乱しているようだった。




「何か心当たりはありませんか?拾い食いをしたとか、怪しげな薬を飲んだとか」
「・・・コンラッド、あとでコンラッドの中の俺について話し合おう」

拾い食いなんてしーまーせーんー。
ひでー、と唇を尖らせた有利は現在、寝台に腰かけて尋問をうけている。
羽が邪魔で背もたれのある椅子には座れなかったのだ。
羽が皺になろうと痛くも痒くもないのだがやはり自分の背中にあるとなると気になってしょうがない。

「アニシナから何か受け取ってみたり」
「俺の記憶にはないかな。というか今回はアニシナさんは無関係なんじゃないかな」
「と、いいますと?」
「だって地球にいた時から背中がむずむずしてたし。・・・まあ、毒女の毒の潜伏期間が長かったんのだとしたらなにも言えなくなるんだけどさ」
「やっぱり一度アニシナの所に行きましょう。・・・それともユーリはここで待ってますか?アニシナを呼んできますが」
「いや、いい。おれも付いていく。雨の日でもないのにロードワークにもいけないし部屋に缶詰なんて・・・第一俺たちまだ朝食も食べてないんだぜー」

空腹を訴えるお腹をおさえて有利は眉を下げた。
育ち盛りのお坊っちゃんには背中に蝶の羽がはえたことよりも、空腹のほうがよほど深刻な問題らしい。
唇を緩めたコンラッドは羽をみられて騒ぎになるのは嫌でしょう、有利にシーツを被せた。
まるでハロウィンのお化けの仮装のようだ。
シーツを脱いでも今の有利はハロウィンの仮装のような姿なのだけれど。






「奇病ですね」
しばらくの間有利の背中の羽を触診していたアニシナはそう結論づけた。
「奇病?毒じゃなくて?」
「ええ、奇病です」
なんだ毒じゃないのかよ、といいたげに鼻をならしてアニシナは顔にかかる前髪をはらった。
「病の類いなら治療薬はないのか?」
「薬?私が作るのは毒だけです」
「毒でもなんでもいいから」
「体全部が蝶になったわけでもなし、いいじゃないですか羽。鍛えれば骨飛族のように飛べるようになるかもしれませんよ」
「えっ」

空を自由に飛びたいな、という人類の夢が身一つで叶えられるかもしれないと思わず煌めいた有利の目を掌で覆いコンラッドため息をつく。

「アニシナそういう問題じゃあ・・・」
「いいですか私は今忙しいのです。グウェンダルとギュンターに服用してもらった毒の経過を観察しなくてはならないのですから」

その言葉を聞いて治療薬はないのかと不満たらたらだったコンラッドも口をピタリと閉ざした。
泣く子も黙る毒女。
誰だって毒女の「もにたあ」になどなりたくないのだ。

「世界の珍しい病をまとめた本がそこにあります」

びしりとアニシナの指先が山とつまれた本の塔を指差した。

「治療薬を探したいのであれば読んでみてはいかがです?」

それではご機嫌ようとクリップボード片手にアニシナが開けた扉から漏れきこえてくた悲鳴が聞こえないふりをして、有利とコンラッドは本の塔をみた。
ため息がふたつ。
どうやら治療薬の前に本の探索から始めなくてはならないらしい。

本をみつけて、厨房によって用意してもらった朝食をコンラッドの部屋に持ち込んでようやく二人は食事にありつけた。

今回は目を瞑ってくださいねと行儀悪く寝台に腰かけ(なにしろ背もたれつきの椅子には有利は座れない)食事をとることにした二人だがコンラッドの視線は膝にのせた本に釘つけになっている。

食後の紅茶を両の掌で包むようにもって有利はコンラッドを盗み見た。
カップを傾けながらページをめくっている。
銀の虹彩が輝く瞳が文字を追って右へ左へ。この瞳こそファンタジーじゃないか、なんてしょうもないことを考えていた有利はコンラッドに呼び掛けられて、黒曜石の瞳を瞬かせた。

「治療法、みつかりましたよ」
「んん・・・?」
「ここです」

首をかしげた有利の指先をコンラッドの指が記述先まで導く。
わからない単語を指でなぞりながら、わかる単語は音読を。

「えーとなになに・・・背中から蝶の羽がはえてくる症状。げん・・・いん・・・は不明だが・・・えっと、」
「唯一の治療薬は愛する者の涙、ですね」
「ナミダ・・・?わさびかな」
「ナミダでもムラサキでもなく涙ですよ」

ついでに言うとあがりでも、ガリでもない。有利はもう一度治療薬の欄を指先でなぞり顔をしかめた。

「随分とファンタジーな治療薬だな」
「・・・陛下の状態こそ」
「そうだった」

それこそ物語の妖精さんのような姿をしている有利にファンタジーだと顔をしかめられたくはないだろう。


「よぉし!コンラッドさんひとつ泣いてみよう!!」

ファンタジーらしからぬ威勢のよさで、コンラッドの主は手近な涙を試してみることに決めたようだ。

擽ってみたり頬をつねってみたり。
思い付く範囲で色々試してくる有利に、コンラッドは苦笑した。
これはもう治療よりも俺を泣かそうとすることが楽しくなってきたくちだな、と。

「くしゃみとかあくびとかでいいから泣いて!」
「そんな、ロマンの欠片もない」
「野球小僧にロマンチックを求めるなよ!」
コンラッドは、いつの間にかちり紙で作ったらしいこよりを手ににじり寄ってくる有利に向かって両手を上げて降参の意思を示した。
「頑張ってみますからこよりは勘弁してください」
「泣けるの?」



「目を見開いて乾燥させれば涙のひとつも溢れてくるんじゃないかな」
「・・・・・・それこそロマンチックじゃないよ」












コンラッドのベッドの上で有利はくったりと仰向けになっていた。
背中を気にしないって素晴らしい。
背中に蝶の羽をつけた状態はどうやらかなり神経をつかったらしかった。
どうせ優秀な王の補佐二人は毒女の餌食なのだ、今日はこのまま二人でごろごろしていてもいいだろう。
そういえばというようコンラッドはアニシナからさっきの本を開いた。

「愛するものの涙って、結局どっちだったんでしょうね?」

自分が愛している者。
自分を愛している者。
あるいは両方。

有利はコンラッドを泣かそうと躍起になっていたしコンラッドはその手を拒まなかった。
仰向けの状態から体を起した有利はコンラッドの顔を覗きこんだ。

「コンラッド・・・もしかしてさ。何か、俺に、言うことはない?」
「陛下こそ」
「陛下って言うな」
「はい。ユーリ」


下から見上げて問うてくるユーリを引き寄せ

「背中になにもないのはいいね」
「え?」
「腕が回せる」

くすくす笑い声をあげながら実はお慕い申し上げております、と告げたコンラッドに
おれもだよ、と有利は笑った。








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有利は背中から蝶の羽が生えてくる病気です。進行すると体が動かせなくなってきます。愛する者の涙が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665

蝶の羽が生えるのに体が動かせなくなるって面白いなと思ったのですが書いている間に「体が動かせなくなる」の部分をすっかりぽんと忘れてしまいました。体が動かせなくなるっていうのならアニシナさんは治療薬みつけてくれたはず。

書いている途中でデータ全部消え失せて泣いた。



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