結わえばいいじゃない なにか失敗している グリエちゃん視点 |
隊長が留守のあいだ近くにヴォルフラム閣下が近くにいるだろうし特に危険はないだろうと思われた陛下の御身だが、陛下自らアニシナちゃんの毒を拾ってくるという厄介なことが起きてしまったためにグウェンダル閣下に代理で隊長の代わりを任せられたというわけだ。 そして、たしか、トトの発祥は猊下の暇つぶしだったはず、だ。 退屈で死にそうな彼が執務机で書類と格闘していた我らが第27代魔王陛下の背後をとるとちゃっちゃっ、と手際よく陛下の髪の毛をほどき(その日陛下はポニーテールだった)櫛梳りあっという間にツインテールを作ってしまった。 「村田!?」 「つまんなーい!」 「つまんない、じゃねえよ!ひとの髪で遊ぶな!」 「だって地球の暦ではもう新作ゲームが発売されてるはずなんだよ!」 「だからなんだよ」 「ゲームができない腹いせに渋谷にヒロインの髪形をしてもらおうかと」 「それっ、それもしかして兄貴のやってたギャルゲの続編・・・!?」 「なんのことかな"ゆーりちゃん"?」 「弓道部!そのヒロイン弓道部員だろーッ」 陛下のお育ちになった国の言葉なのか猊下のお話には所々に意味のわからない単語が混じる。が、なにやら坊っちゃんには心当たりのあったらしいご様子。 あわてて髪紐に手をかけた・・・その手をおさえて猊下はにっこりとそれはそれはたいそう可愛らしい笑みを作った。 「今日一日はほどいちゃだめだからねー!」 光を反射して白く光る眼鏡のレンズに顔を青くした陛下がこくこくとうなずくのを満足げに確認すると「じゃあ!」と猊下は執務室から去っていった。 二つに高く結い上げられた髪は兎ちゃんのお耳のようだと、王佐は汁をとばし、閣下はぴくりと眉を動かし、城の侍女は歓声をあげた。 そういやこっちって兎はなんて鳴くの?と陛下は首をかしげた。 そう日にちを置かずにお次は陛下の愛娘。 数日前の猊下の行動に触発されたのか、中庭でつくったらしい手製の花冠を片手に坊っちゃんに飛び付いた。 夢中になりすぎたのか目測を謝ったのか坊っちゃんの頭に被せられた花冠は少し大きく額のあたりまでずり下がり耳に引っ掛かってとまった。 金冠みたいだなぁ、と苦笑した坊っちゃんは膝をおってグレタ姫と目線をあわせると赤茶の髪をぐりぐりと撫でてありがとうと言った。 大好きな養父に礼を言われたというのに、やはり不格好な位置でとまった花冠が気になるのか愛娘はどこか不満そうだ。 ほんのかすかにふくれた頬っぺたを人差し指でつついた坊っちゃんは明るい笑い声をあげた。 「グレター頬っぺたふくらませてたらいつか饅頭みたいになっちまうぞ」 「だってぇ」 「これでもいいじゃん。おとーさんはグレタが作ってくれたってことが一番嬉しいけど?」 それに孫悟空みたいでかっこいいだろ? ソンゴクウってだれー?オトコー? それでも気になるのか小さな手が頭まで持ち上げた花冠はやはり少し大きく、ずるずると額を滑り落ちてくる。 何度か繰り返してそれでも落ちてくる花冠にとうとうぷくりとグレタ姫は頬を膨らませた。 思わず苦笑した坊っちゃんの頭の上の冠を背後からのびてきた手が持ち上げた。 おや、 「なに娘を泣かせてるんだ」 「泣かせてねーよ!・・・え、泣いてる!?グレタもしかして泣いてる?頬っぺたは乾いてるけど心のなかはどしゃ降りの雨だったりする!!?」 慌て始めたおとーさまにぶんぶんと首をふって、姫は坊っちゃんの背後の人物を見上げた。 「ちがうよヴォルフ。ユーリにつくってあげた冠が大きくてグレタはおちこんでるの。ユーリのせいじゃないよ」 「なんだ、グレタは完璧主義者だな」 「だってユーリにあげる冠だもの」 「どれ」 ちょっといいか、と娘に許可をとってから花冠をためつすがめつしたもう一人のおとーさまは嗚呼とひとつうなずくと冠の連結部分をそっと外し何本か花を抜いてまた繋げ直した。 「ちょっと持っててくれ」 グレタ姫に花冠を手渡すとヴォルフラム閣下はうなじでくくられている坊っちゃんの髪をほどき綺麗に三つに分けると緩い三つ編みを作った。 冠から抜いた花を二本だけ残し、他は髪といっしょに髪紐で纏める。残した花はといえば一本はグレタ姫の髪に挿し、もう一本はといえば閣下の胸ポケットに挿し入れられた。 「さあ仕上げだ」 ヴォルフラム閣下の言葉に目を輝かせた小さな王女さまはうん、と大きくうなずき恭しく陛下の頭に冠をのせた。 それにしても。 プー閣下、兄貴顔負けの男前。グリエきゅーんときたわー! その日の坊っちゃんは花冠を落とさないようひやひやしながら1日をお過ごしなされた。 実は坊っちゃんの髪の毛が気になってしょうがなかったグウェンダル閣下は編み込んだり飾り結いをしたりとどこぞの御令嬢風陛下が出来上がったり、ギーゼラ、おそれ多くも俺もいじらせていただいたりして陛下トト出張番!も大盛況だったようだ。 そうこうしているうちにウェラー卿コンラート閣下のご帰還。 口元がにやけてしょうがない。 俺は服を探って小銭の有無を確認した。 さあて、隊長も帰ってきたわけだし俺の任務も終わりかなー。 数日ぶりに血盟城にあたえられた自室に帰ってきたウェラー卿コンラート閣下はベッドの中の先客を見て頬をゆるめた。 おそらく、彼の弟にベッドを占領されて逃げてきたのであろう魔王陛下がすやすやとお休みになっていた。 この城は現在彼の所有物だ。 危険でないのならどこで眠ったってかまわないの、だが・・・毛布をかけなおそうと近付いて眉間に彼の兄にそっくりなシワを寄せた。 肩口が湿っている。 またきちんと髪の毛を乾かさないうちにベッドもぐりこんだのだろう。 この方は何度言っても直そうと努力してくれない。まったく、とため息をついたコンラートはふと目を見開いた。 手には悪友から貰った髪紐。 目の前にはかすかに湿った髪。 ぱちぱち、とまばたきをして首をかしげたあとにんまりとすこし人の悪そうな笑みを浮かべた。 三番目覚まし鳥がもう鳴きましたよ。と、いつの間にか帰還していた護衛に揺り起こされて目を覚ました有利は髪の毛をすくコンラッドの指に気持ちよさげに寝ぼけ眼を細めた。 「さあ、さあ、起きてください陛下」 「へーかっていうなーなづけおやー…」 コンラッドはまだ半分夢の中にいる有利に、顔を洗ってきてくださいと言うとベッドから引きずり出した。欠伸を噛みつつ素直に頷いた有利はふらふらと洗面台に向かい、そして絶句した。 やられた。 冷たい水で顔を洗う前に覚醒した有利は勢いよく振り返りコンラッドの手に二本の髪紐が握られているのを見つけるとぎっ、と目元を険しくした。 「…コンラッド」 「俺の留守の間に城の中で面白そうなことが流行っていたそうで」 「コンラッド!」 「ちょうどヨザから髪紐を渡されたのでつい…陛下」 「なに」 「濡れているほうが髪の毛は癖がつきやすいんですよ」 「げ、」 なにを言われているのか理解した有利はう、だのあ、だの言いながら後ずさった。対するコンラッドは逆に一歩前に踏み出した。 「陛下」 「陛下って」 「風呂から上がったら髪をよく乾かすようにと申し上げてますよね?」 「うっ」 「自業自得ですね」 「えっ」 それとこれはちがう!なんて声をあげかけたところで遠くからギュンター悲鳴が聞こえてきた。どうやら有利本来の寝室にヴォルフラムしかいないことに気づかれたらしい。有利はコンラッドを軽くひとにらみして、扉に手をかけた。 汁を撒き散らしているであろうギュンターを止めるべく「ギュンター!」と駆け出した有利の背後に当然のようにつづいた護衛であるコンラッドはふわふわと緩やかに癖のついた波立つ黒髪をみて満足気に目を細めた。 さて、本日の陛下トト出張番!はもうしばらく帰ってこないはずの大穴コンラート閣下だったせいでそこかしこで兵士や侍女やらが真っ白になった。 そんな中、夕焼け色のお庭番が大儲けだったとか。 - - - - - - - - - - ウェービーロング! |