いつか夢で

年齢逆転コンユ


「おっきくなったよなぁ」

久しぶりに登城したヴォルフラムのことだろう、王はしみじみと呟いた。
幼い頃こそ上王陛下の息子たちは城で養育されていたが母親が王位を返上してからずいぶんと経つ。
兄にくっついて執務室へ遊びに来ていた弟は最近領地にこもって次期領主としての勉強に励んでいるらしい。
母親譲りの豪奢な金髪を揺らしてキビキビ歩く姿からはちまちまという擬音語が似合う、よく歩きよく転びよく泣いていた幼子の姿を想像するものはいないだろう。


「お前は何を年寄りみたいなことを言っているんだ」
「ひどい!」
「下らんことを言っている暇があったら手を動かせ、手を」

目を通し終わった書類を有利の机に積み上げながらグウェンダルは切って捨てた。
うわーんグウェン冷たーい、と執務机に突っ伏して泣き真似を始めた有利はハッと何かに気づいたように呟いた。

「いや待てよ、80過ぎはもう年寄りかも…!」
「80過ぎで年寄りだったら私は…………いや、母上の前でそれを言うなよ」

人間的な年齢感覚が抜けない有利にグウェンダルが渋面をつくった。

「だいたいお前もヴォルフラムと同い年だろう」
「年齢だけみればね」

肩を竦める。
元々異世界育ちの有利は成長の速度が人間と変わらなかった。
眞魔国に、魂の祖国に戻されたことが作用したのかその後の有利は魔族と変わりなく成長している。
見た目だけでいえば有利はグウェンダル…いや、アニシナよりも少し下だが(ひょっとすると顔のつくりや言動のせいでもう少し下にみられているかもしれない)年齢はなんとびっくり三兄弟の末っ子と同じ。
初めて有利の年齢を聞いたときにグウェンダルは仰天した。
無理もない、なにしろ自分と見た目の年齢が変わらないのによちよち歩きの弟と同年齢なのだ。
半分人間の血が流れているコンラートはきょとんと首を傾げただけだったが。

だいたい80で年寄りなら自分の母親は何に分類されるというのか。
怖くて想像できない。
グウェンダルが背中に嫌な汗を浮かべていることなど気づきもしない有利は背後の護衛を振り返った。



「大きくなったと言えばコンラッドもだよなー」

有利にじとりとした目で見つめられて黙って護衛の仕事中だったコンラートは苦笑する。
出会った当初、有利の鳩尾までしかなかったコンラートの背丈は今では有利よりも頭一つ分高い。

「初めて会ったときはこーーーんなに小さかったのに」
「そんなに小さくはなかったですよ」
「でもヴォルフラムはこんなだったな」

手のひらでかつてコンラートの背の高さを捏造する有利はどうやらコンラッドに背を越されたことが相当悔しいらしい。
有利が初めて眞魔国に魔王として呼び戻された頃、グウェンダルは少年でコンラートはものの分別がろくにつかない子供でヴォルフラムは赤子だった。
懐かしいなあと呟いた有利は今度は腕でなにかを抱き抱えるているような円を作る。
「そうですね」とコンラートは目許を和ませ、グウェンダルはこっくりと頷いた。
小さくて甘えたでわがままだった三兄弟の末の弟は確かに有利の作っている円に収まるくらいに小さかった。

「まあお前も小さかったがな」
「うるさいぞグウェンダル」






「そういえばさ!」
まだ空想のヴォルフラムを抱えあげた姿のまま有利は明るい声を上げた。
声に懐かしさがにじんでいる。


「前におれヴォルフに求婚されたよな」
「あー……、そんなこともあったな」

からからと笑う有利に尋ねられグウェンダルは記憶を遡らせた。

大好きな少年に抱き上げてあやしてもらったことが嬉しくてバタつかせたヴォルフラム。
その手がたまたま有利の頬にあたった、ただそれだけの昔話。
見目麗しい双黒の王と蜂蜜色髪の毛の幼子が戯れている姿はグウェンダルの眉間のしわをやわらげ頬を緩めさせるような光景だった。
しかしその光景に色を変えたのは三人。
そう、よりにもよってぺちりとかわいらしい音を立ててヴォルフラムの手を受け止めたのは有利の左頬だったのだ。
その後はもう大変だった。
ギュンターは血を吐き泣き喚き、母は「まあよくやったわヴォルフラム!」と顔を輝かせ、状況の分からない有利は目を白黒させていた。
そしてすぐ下の弟は、コンラートは。

ここまで思い返して、「しまった」とグウェンダルはコンラートの様子を伺った。
有利に好意を寄せるコンラートにとっては心穏やかな話じゃないはずだ。
「へえ、ヴォルフがそんなことを」「俺は覚えてないですね」にこやかに主に相槌を打つコンラートだがその瞳の銀の星がちろちろと冷たい焔になめられて静かに瞬いていた。
たぶん本当に覚えていなかったのだろう。もしくはなかったこととして記憶ごと葬ったのか。
おそらく後者。
グウェンダルはインクの瓶の蓋を閉めて静かに書類をまとめはじめた。
当時は一週間ぐらい拗ねていた。
有利と口を聞こうとはしないくせに有利の視界に入る位置に必ずいて、いかにも不機嫌ですといった空気を発しているのだ。
有利も有利で「コンラッドは何で怒ってるんだろう?」と笑っているものだからグウェンダルは戦慄した。

鈍い。

ちなみに彼が王になってもうだいぶ立つがこの鈍感は健在なのである。
グウェンダルの遠い目にもコンラートの静かに燃える瞳にも気づくことはない有利は過去の思い出からの教訓で話を締めくくった。


「おれはあの時、この国では怒っても絶対に人の頬は打つもんかと頭に刻み込んだね」


それはありがたい、とグウェンダルはもうろくに働かない頭で考えた。
有利が怒るたびに王の婚約者が増えるなんてことになったらコンラートが黙っていないだろう。
グウェンダルは書類仕事ですっかり凝り固まってしまった首を回してから先ほどまとめて塔にした書類を持ち上げた。
視界の端ではコンラートが振りかぶった手が見える。
その手の到達点を予想してグウェンダルは執務室から退室した。


逃亡ともいう。






「ああグウェンダル!ちょうどよいところに!」

背中のちょうど肩甲骨の下辺りに衝撃がきた、ついでにぶんと何かが風を切る勢いのいい音も。
さらにいうなら自分の腰の辺りからにょきりと細腕が生えているように見えた。
赤い悪魔の襲撃を受けたのだ。
その腕に…正確に言えばアニシナの腕に後ろからぎりぎりと拘束され、締め付けられたアバラが痛い。

「あなた、わたくしのもにたあにおなりなさい」

由緒ある求婚の仕方だとはいえ必ずしも頬をぶつ必要はないのだが半分は人間とはいえ上王の子供で、身分は貴族だ。
弟の中で求婚といえば平手打ちなのだろう。
幼い頃から思慕の情を抱いていたのだ、結婚や求婚に夢を持っていても無理はない。
たぶん頬を打つような求婚を夢見ていたのかもしれない。
それなのに有利は「もう平手打ちはしない」ときた。
おそらくコンラートは焦ったのだろう。

「グウェンダル?」

アニシナの不思議そうな声が聞こえる。
背中に引っ付かれているので顔は見えないがおそらく彼女は空色の瞳をぽっかり開いて首をかしげている。
このあと「人が話しかけているのに上の空とは何事です!」とでも説教されるのだろうな。
ばさばさと手から落ちていく書類を見つめてグウェンダルはため息をこぼした。




だってコンラート、お前求婚の平手打ち云々の以前に、まだ告白すらしていないじゃないか。




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年齢がグウェン>コンラッド>有利=ヴォルフ
見た目年齢がグウェン>有利>コンラッド>ヴォルフ
な話。

コンラッドが年下だと余裕がないんだろうなー…という話。
陛下と三男は見た目が違う同年齢。

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